深淵の遊び方:死生観について:(・_・)

本来、目的設定の話
http://simizuna.exblog.jp/12441988/
のときに解説すべきだったのですが、すっかり忘れてたので、ここで解説をば。
あと、

・ギャンブル性の高いTRPG
http://ikapon.exblog.jp/10536671/

ここの話が解説資料として非常に分かりやすいので、参照させていただきます(最近参照が多くてすみません^^;)。



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1.深淵の目的の優先順位
 一応デザイナー様の言では下記の優先順位だそうです。

<1>運命を解決する
<2>縁故に従って行動する
<3>生き残る

ぶっちゃけると、


・目的が達成できるのであれば、PCは死んでもかまわない
・目的が達成できないくらいなら死んだ方がましだ


ということになると思われます。まあ、強制ではないと思うんですけど、深淵で推奨されるスタンスとしては、そういう考え方で臨めるとより楽しめるかな?ということだと思います。

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2.対戦ゲームの成功確率感覚と協力ゲームの成功確率感覚の違いについて
・ギャンブル性の高いTRPG
http://ikapon.exblog.jp/10536671/

 こちらの記事で

>ところで、とある元・会社員は言いました。

>「運以外の要素をすべて塗りつぶすのは定石だ。そうして運だけが残ったとき、最高のギャンブルになる」

> しかし、このように考えるTRPGゲーマーは、あまりいないようだ。
> 運以外の要素をすべて塗りつぶしたら、勝利が100%にならないと、それを面白くないと感じるプレイヤーが多いように思う。

という記述があって、まあ、例えばエンゼルギア2ndの場合にはルールブックにPCは勝つのだ!と明言されてて、すげーよこれ!と感動したりなんかするのですが、それはさておき、上記の

>「運以外の要素をすべて塗りつぶすのは定石だ。そうして運だけが残ったとき、最高のギャンブルになる」

というのは、対戦ゲーの成功確率感覚で言ってると思うんですよ。対戦ゲームというのは、人対人のゲームですので、完璧に最適手を尽くした段階で100%成功するということになると、対戦相手は成功確率0%になるわけですよね。それはゲームにならんでしょう。

 対戦ゲームでは完璧にコマを使いこなして最適手を尽くした段階で、成功確率が50%であるのが当たり前なんです。

 で、そういう面白さをユーザが理解できるかどうかと言えばTRPGよりもはるかにユーザ数が莫大と思われる電源ありゲーの世界で、いくらでも星の数ほどの対戦ゲーが存在していて、それが実際楽しまれてるわけですよ。だから、完璧にコマを使いこなして最適手を尽くした段階で成功確率50%の面白さををわかる人間の方がわからない人間よりもはるかに多いであろう、と考えるわけです。例えば、世界的に遊ばれている囲碁の場合、世界中で4200万人もの人間が楽しんで遊んでるわけです。TRPGを楽しんでる人間って日本で万行ってますか?10万なんてとても無理無理な状況じゃないっすか?

 ……というわけで、最適手を尽くした段階で成功確率が100%でない状況を楽しめる人の方が、そうでない人よりもはるかに多いと考えられるのですが、にもかかわらずTRPGでは

> しかし、このように考えるTRPGゲーマーは、あまりいないようだ。
> 運以外の要素をすべて塗りつぶしたら、勝利が100%にならないと、それを面白くないと感じるプレイヤーが多いように思う。

というような、「偏った」認識になってしまっているのは、以下の原因が考えられると思います(あくまで仮説です)。

原因1:TRPGの主流は「協力型ゲーム」で、協力型ゲームの場合、成功確率に関する感覚が対戦型ゲームと違うから

原因2:TRPGでも対戦型ゲームの構造を持っているものがあるが、それが一時期弾圧されたため、その面白さを継承されてないTRPGユーザが大量排出されてしまっている

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3.自分の仮説への反論(笑)
 ただまあ、上の仮説も微妙だなあと思っていて、最近ボードゲームでも協力型ゲームが増えてきているんですけど、例えば「パンデミック」の場合、あれはかなりヤル気満々なゲームだと思うんですが、難易度が高いと最善手を尽くしても運次第で敗北するわけですよ。それでも楽しかったりする。

 あるいは、「リバーシ」というトランプを使ったパズルゲームがありますが、あれって最初のカードの配置次第で、開始直後の段階ですでに100%クリア不可能なカード配置になってることがある。それでも楽しかったりするわけですよ。

 そういうわけで、協力型ゲームだから最善手を尽くしたら100%ミッション成功にならないと納得行かない、という考えは正しくない、と考えます。

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4.深淵のゲーム構造と生死観
 で、深淵というゲームですが、一時は絶滅危惧種になりかけた対戦型ゲームとしての面白さを持ってます。なので、最善手を尽くした段階で、目的達成確率が100%に満たないのは、結構当たり前な感覚だったりします。自分が「奇妙な旅人」を選んでラスボスになる気満々だったり、運命でバリバリ魔族寄りの運命を引いて「こりゃラスボス確定だわ(笑)」な状況になった場合、MyPCが少数派になる確率が格段に上がるので、成功確率が50%を切ってるなんてざらで、普通な感覚だとせいぜい20~30%くらい、最悪はまってると、どう考えても100%敗北決定で、もう、あとは負けプレイに専念するしかないな(笑)という時すらあります。

 それでもプレイしてて楽しかったりする。

 昔、龍の生まれ変わりだ!という運命を引いたPCがいて、龍って深淵世界だと魔族以上にどうしようもない破壊の権化で、魔族の信徒ですら見たら速攻でつぶしにかかるくらいの危険な運命だったんですけど、彼はあまりにも危険なので、クライマックスで何も出来ないうちにさっくり殺されていたのですが(酷い(笑))、それでもキャラが立って受けが取れて楽しかったと言ってたんですよね。

 どうしてそんなのでも楽しめるのか?

 自分がそうなった場合楽しめるかどうかと想像してみると、楽しめるように思うんですが、何か、嬉々として悪役プレイ驀進するかなあと思うのですが(笑)。理由としては、こんなのが考えられると思います。


・PCはただの一般人に過ぎないし、善人でも何でもない。状況によっては敗れてもかまわないと思って最初からセッションに臨んでいる

・最終的に勝利するか/失敗するかよりも、勝利を目指してにじり寄っていく過程自体を楽しんでいる

・勝利を目指してにじり寄っていく過程自体を楽しむというのはリバーシ的楽しさかも

・いやどうせ、PCの願望の赴くまま好き勝手やってきた結果だしw


 というわけで深淵のゲーム構造と生死観ですが、

・対戦型ゲーム的である(必ずしも対戦するとは限らない)
・しょせん、一般人に過ぎないPCが運命にほだされて無茶してるゲームなので、ここで死んでも仕方ないかなあ

という感じと思います。

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5.深淵は「いきなり最終回」なゲームである
 アニメ「カウボーイビバップ」が話としてわかりやすいと思うのですが

・他の多くの?TRPGのプレイ感覚
 「カウボーイ・ビバップ」の途中のエピソードをプレイして、まだ続きがある

・深淵の感覚
 いきなり最終回をやって主人公が死ぬ(笑)

という感じかと。
んで、こういうのって受けるのか?という話がありますが

・日本人の国民性としてこういうのは好きなはず
 ……まあ、戦後教育でアンチを大量排出してますが(笑)

・mixiだと23,000人くらいコミュニティメンバがいて、Googleで単純検索すると123万ヒットくらいする

というくらいの層に受けるかと。

 余裕でOKでは(笑)。

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6.キャラクター使い捨てゲー
 まあ、メインで活躍すると、活躍すれば活躍するほど命が削れて死ねるんですが^^;、キャラクター作成はテンプレートを選んで即プレイ出来るので手間がほとんど要りませんし、要らぬ手間や思い入れを作り過ぎない配慮がシステムで最初からされております。

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7.生けるものはいつか死ぬものだ
 「生けるものはいつか死ぬものだ」というのは、ごく現実的に当たり前の話ですが、深淵というのは

「今日がその時だ。そうかもしれない」

という心持ちで臨むシステムだと思います。

 でまあ、TRPGでまでそんなのやりたいか?という人もいるし、TRPGでこそそういうのをやりたいという人もいるし、ビビビッとこういうセンスに惹かれる人が、やりたければやればいいんじゃないでしょうか。

 で、実際、こういうのが好きで、やりたい人が結構いるんですよ。

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8.自分が勝利するということは、敵(PC)が敗北するということだ
 オースティン・パワードという映画で007のネタで、主人公の諜報部員が敵の雑魚キャラを銃で無慈悲に殺しまくると、殺された敵の家で家族たちが嘆き悲しむというネタがあるのですが、勧善懲悪な話(TRPGシステム)の場合には、その辺の脇役の縁故とか感情とか無視して、とにかく敵を倒す爽快感を重視した、とても偽善的な面白さに満ちた話の展開をするのですが、深淵の場合は、倒した相手も生きているしいろんなものを持っている。しばしばその相手はPCである、というスタンスのゲームです。自分が死ぬどころか、「相手PCを殺す」罪を背負うプレイをすることすらあります。

 そういうのを、お互い思いやりを持ってキャラクターをプレイし切るゲームだと思います。


 手加減するのは最大の侮辱だ!


 とか、そんな感じ。

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9.別に無理して死ななくても良い
 初期のシステムに酔ってる人がやたらと死にたがりなプレイをしてくれることがありますが、可能なら生き延びた方が死ぬよりベターなので(もちろん目的は達成した上で)、狙えるなら生き延びる方向も狙いましょう。ていうか狙って欲しいかもw。

「もうちょっと頑張れば生き延びるのになあ」

ということが良くあって、結構頑張れば死にそうでも死なずに済んだりするんで、本当に死ぬのはPLがそういう道を敢えて選んだ時の方がずっと多かったりするんで、頑張れば結構生き残れるものだよ?と言っておきます。

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10.リバーシ的面白さから逆算して
 最後に勝てるかどうかという情報はクローズしておいた方が面白いかも?

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11.遠すぎた橋
 「遠すぎた橋」を面白いと感じるかどうかは結構分岐点かもしれない。
 http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id15926/



ということで。
世界観的死生観じゃなくて、プレイングとしてのPCの死生観についてダラダラと語ってみました。
ポイントはとにかく、

<1>運命を解決する
<2>縁故に従って行動する
<3>生き残る

という優先順位で、キャラの命の炎を燃やしつくすような熱いプレイをすれば楽しいかと思います。


んじゃまた
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by namizusi | 2009-12-08 21:04 | 深淵


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