内面的物語と外面的物語:(・_・)

 ストーリー志向の話の続きで内面的物語と外面的物語について解説をばばば。



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1.「外面的物語」「内面的物語」とは
 前にも書いたけど、再掲。「外面的ストーリー」とか言ってたけど、用語の統一で「外面的物語」「内面的物語」とする。

1)外面的物語
 キャラクターが、最初どんな境遇にあって、どんな障害を乗り越え、何と対決し、最終的にどんな結果になったか、という物語

2)内面的物語
 キャラクターが、最初どんな思想(トラウマ)を持っていて、さまざまな事態を通してその考えがどう変化し、最終的に何を決断するか、という物語

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2.終わり方が違う
 「外面的物語」「内面的物語」の比較で、もっとも特徴的なのは「終わり方が違う」ということです。

・外面的物語の終わり方
 結果が出たところで終わる。

・内面的物語の終わり方
 決断したところで終わる。

 例えばスターウォーズ(エピソード4)の場合だと

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「無事、デススターを倒しました。めでたしめでたし」(通常エンド)
 →外面的物語の終わり方

「ルーク=スカイウォーカーは、自己実現のため、デススター討伐の革命軍最後の戦いに赴いたのだった。奴の真の戦いはこれからだ!」
 →内面的物語の終わり方
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という具合になります。どちらの終わりが良いかというと、どちらもありです。どちらかというと、リアリティのために「外面的物語の終わり方」の方が多数派かなあと思いますが、外面的話よりも主人公の内面的成長とか変遷を際立たせたい場合には「内面的物語の終わり方」が、効果として選ばれます。あと、少年ジャンプのエンドは全部「内面的物語の終わり方」ですな、実わw。連載ものストーリーはわりと「内面的物語の終わり方」にする傾向が強いように思います。一方、単発ものの話は「外面的物語の終わり方」できちんと決着を付けることが多いですかね?

 TRPGの場合は、わりと過度に「外面的物語の終わり方」に偏ってるように思います。ラスボス戦闘なんてまさにそれですし。深淵は、非常に稀有なんですけど、対人感情のルールが非常につまびらかなせいか「内面的物語の終わり方」になることがあります。わしがよく

・最終戦なんて、とどめ一発で良いじゃん。判定すら要らんだろう

とか言うのは「内面的物語の終わり方」を意識しているからです。「内面的物語の終わり方」というのは、

・こんな決断が出来るくらいに、このキャラクターは成長(変化)したんだ/しなかったんだ

という感慨に、力点を置いた物語形式です。

 「外面的物語の終わり方」は、わりとどこにでも普通にあるので、少数派の「内面的物語の終わり方」の参考作品など紹介しておきましょうか。

・バタアシ金魚
・明日に向かって撃て
・ラ・マンチャの男
・シラノ・ド・ベルジュラック
・ブラック・ジャック
・七色いんこ
・東大生物語
etc...

 「内面的物語の終わり方」の亜種で「主人公は***と決断した(心意気)……そこで死んだ」という形式もあるのでそれも入れてます。「カウボーイ・ビバップ」もそっちかもしらん。

 物事の経過途中にしか現れない「生き様」を強調するために、現実をバッサリ切り捨てるというのが「内面的物語の終わり方」の主たる形式となります。

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3.「外面的物語」「内面的物語」のバランス
 個人的好みで(笑)、上の章では「内面的物語の終わり方」を強調しましたが、実際のところ現実的な結果が出ないで終わるような話は少数派で「外面的物語の終わり方」の話の方が多いです。まあ、どっちでもいいんですが、重要なのは「外面的物語」「内面的物語」を、適宜、ほど良いバランスに配分することです。最後が「外面的物語の終わり方」「内面的物語の終わり方」のどちらになるかは多分に趣味の問題ですな。

・PCが普通に勝てそうなとき→「外面的物語の終わり方」
・PCたちが全滅しそうなとき→「内面的物語の終わり方」

とか、適宜、状況に合わせてプレイの方針を切り替えることすらあります。

 特徴として下記があります。

・「外面的物語」
 →リアリティを感じさせる。現実的な達成感

・「内面的物語」
 →感情移入。そこでそういう決断をするのはとても理解できる。かっこいいと思う。とかそんなの。

 「外面的物語」だけだと、キャラクターに感情移入がしづらくなるため、例えば何かすごいことをやっていても「そんなの、そういう能力を持ってたから出来ただけだろ?内面的に薄っぺらい」とか言われます。「内面的物語」だけだと、「すごい感情移入出来るけど、全然リアリティがない。言葉が軽い」て感じになります。

 「外面的物語」と「内面的物語」というのは、お互いがお互いを補完し合うものですので、適度な配分をすることが重要です。両方上手く混ぜ合わせることができれば

・感情移入出来て、リアリティを感じられ、達成感のある話が出来る

ってことになります。

 まあ、「外面的物語」「内面的物語」のどちらか一方に極端に寄せて、別の感慨なり、ギャグ/笑いを醸し出す手法もあります。「外面的物語」に極端に寄せた話としては「視聴者が全く感情移入できない悪人が凄い悪逆非道の限りを尽くす話」なんかがありますかね。「内面的物語」に寄せた話としては、上に例をいくつかあげましたが「バタアシ金魚」の例を上げておくと

最終巻のクライマックスで主人公がライバルと対決してるところで
ヒロインが、主人公の思い描く、凄い泳ぎのイメージを共有するのだが
現実では、主人公はライバルと圧倒的な差で負けてる。
話にならない(笑)

……というような感じに、現実と理想のギャップをギャグのネタとして使ってたりします。狙ってそういうのをやるのもありですが、基本は

・「外面的物語」の盛り上がり
・「内面的物語」の盛り上がり

が呼応し合って、盛り上がり、高まっていくのがエンタメ系ストーリーの基本となります。

・PCが「絶対に奴は倒す!」と決断し(内面的物語)
・PCがラスボスをやっつける!(外面的物語)

という感じに、呼応するのが気持ち良い。

これが基本です。

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4.「外面的物語」「内面的物語」のタイミングとPDCA
 「外面的物語」「内面的物語」のタイミングは基本的にずれます。ぴったり同期する時もありますけど、ずれるのが基本です。スターウォーズ(エピソード4)の場合だと、終盤

お姫様を助け出した(外面的物語)
「デススター」という真のボスの存在を知る(内面的物語)
「デススター」と対決することを決断(内面的物語)
「デススター」と対決する(外面的物語)
「デススター」を倒す(外面的物語)

という感じ。

 この動きは、マネジメントにおける「PDCAサイクル」と照合することが出来ます。

・Plan……計画する。決断する(内面的物語)
・Do……実行する(外面的物語)
・Check……実行結果を確認する(外面的物語)
・Act……改善案を考える(内面的物語)

 こんな感じ。
 こんな感じに、内面的物語と外面的物語が交互に現れて、くるくる回るのが、エンタメ的に気持ちが良くなる。

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5.TRPGにおける「外面的物語」「内面的物語」のタイミング
 というわけで、前の話で基本的に

・「外面的物語」→GMが提示する
・「内面的物語」→PLが提示する

ということを書きましたが、「外面的物語」「内面的物語」というのは、交互に現れてくるくる回るのが気持ち良いっていうことは

・PL主体の場面とGM主体の場面が交互に現れてくるくる回るのが気持ち良い

ということになります。D&D4版の「遭遇」で構成するセッションの場合

・GMから「遭遇」が提示されて対処
・PLが合間で話し合ったりする
・GMから「遭遇」が提示されて対処
・PLが合間で話し合ったりする
……

という感じに、交互にセッションの主体が入れ替わると気持ち良いってーことです。

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6.いつも交互にすりゃあ良いってわけじゃない
 交互が良いって書きましたが、何も考えず、いつもいつもそれが良いわけじゃなくて、実際は多少変則的にリズムをとって「外面的物語」を連打した後に「内面的物語」を後でたっぷりさしはさむとか、そういうリズムのずらしが行われています。単調なだけじゃ感じなくなってしまいますからね。

 ちなみにハリウッド映画的リズムの場合は、

・内外外外内外内外

て感じになってますかね? クライマックスの辺が微妙ですが

・内外外外内外[内&外]外

のが妥当か? 序破急の三分割をすると

・内外|外外内外|[内&外]外

て感じに分かれます。

 自分の好きなストーリーとか、自作シナリオなんかがどういう構成になってるか、それは気持ち良いリズムになってるか? なんかを分析してみるとよろしいかと思います。

 基本的に「どちらか一方だけだとよろしくない」です。よくあるTRPGセッションだと、

GMから次々課題を提示されてハラハラするが、
PCがいったん立ち止まって内省するとか反省するとか話し合う場面が端折られてしまったため、
内面的にモヤモヤしてたのが解消されないままクライマックス戦闘してうやむやにエンド

……という事態が良く起こって何だかなあ、という感じですが、エンタメ的には「外面的物語」ばかり連打されてキャラクターに感情移入し辛い状況になってるので、どこかで「内面的物語」を差し挟むようにすると、モヤモヤが解消されます。リプレイなんかだと上手いPLが、上手いこと間隙を縫って、そういうのを解消する場面を差し挟んで、それが結果としてクライマックスを感情的にも充実したものにしてくれる現象を良く見ますし、実際のセッションでもたまたまうまく差し挟めると上手く回りますが、それは

「必要」

なので、現状の「上手いPL依存」とか「気の効くGM依存」なテクニック依存な状況にしておくのは問題であると思います。「メンツが良かったから上手く行った」というのは、大体ここが上手く出来ている。「今日はいまいち上手く行かんかった」という時は、大体ここが出来てない。必要なものは、誰にでもできるようにすべきです。

 ということで、確実にできるよう明文化するのが良いと思います。で、ハリウッド映画の形式だと、どこで「内面的物語」を差し挟むと気持ちが良いか? というタイミングが長年の蓄積から明確になっておるわけです。TRPGでも同じように使えるかどうかは、状況によりますが、少なくとも参考にはなる。



今日はそんなところで。
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by namizusi | 2010-09-09 22:51 | TRPG


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