物語生成における妥協が気持ち良いのであって:(・_・)

http://ikapon.exblog.jp/13061104/
これを見て。

わりとネガティブです(笑 いつもどおり?



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 そもそもTRPGの物語というのは必然的にキャラクター小説的キャラクター主題の物語になることが多いので(Wローズは除くかな?)、物語の傾向としては偏ってはいるのですが。

 個人的に物語的面白さが主となる局面というのは

・PCの願望よりも、話的に面白くなることが優先される

というのを指向してPLがプレイするものだと考えてますが、そこら辺が明確なリプレイとしては

旅する大樹とあるく赤い砂漠
 ここでは、PC同士がわざと真剣にいがみ合って、そのあと劇的に和解するという激マゾプレイ(笑)がバリバリプレイされてますし

ビューティフルデイ
 この作品では、最終的なハッピーエンドのための神業を残すために、PCが死亡することを選ぶプレイがされてますし(深淵やってるとそういうプレイは日常茶飯事過ぎてアレですけど^^;)

ソードワールド2.0リプレイ from USA(1)
 このリプレイだと、PCが不利な設定を受けることを「話的にそうした方がおいしいから」という理由であえて受け止める決断をPLがしてますし

 ……という感じに、単純にPCの欲望に沿ってPCを動かすだけじゃなく、話的に面白くするために敢えてメタに苦境を導入する、というリプレイがすでにゴロゴロいっぱいあるわけで、だから、そう考えると

>『物語』として面白いTRPGリプレイというと、ほぼ思い浮かばなかった

という見解に対しては


・全く全然そんな認識は欠片もないなあ


という感じである。で

>例えば、ハッピーエンド好きのプレイヤーと虚淵玄とが同卓したら、「面白い物語」に関する認識がまったく合わないことは想像に難くない。
>(いや、虚淵玄も、ハッピーエンドを引き立たせるために痛烈なアンハッピーが必要だ、ぐらいに思っているのかもしれないが)
>この場合、実際には、どちらかが自分の考える「面白い物語」について「妥協」をせざるを得なくなるだろう。

という見解が出ているのだが、「だろうだろう」という予測の見解しか出てないところが


・え”、そういう擦り合わせをするプレイをやったことがないのかー


と、なかなか衝撃的だったりするんだけど(笑)、もっと問題なのは


・「妥協」=ツマラナイ?


と考えているように読めるのだが、そもそもそこが根本的に間違っていて


・「妥協」によって、各人が納得できる中間点の絶妙なエンドが創出されるのが気持ち良い


のであって、各人の独りよがりなだけな展開なりエンドを得たいなら、そもそもTRPGをやるのは間違っている。期待するものがメディアに合っておらず根本的におかしい、かなあと。

 あとまあ

>虚淵玄とが同卓したら

とか書かれてるけど、基本的にアニメの脚本って3~4人以上の人間で創ることが当たり前で、実演する際にも何度も何度も書き直されるもので、そこら辺はTRPGにおける物語生成と近しいところがあると思われるのですが、だから

・物語観を擦り合わせることを普通に仕事としてやってるはず

だし

・擦り合わせた結果がああいう話になってる

という、(恐らく)事実に対する認識もどうだかなあと。
 ここで興味深いのは

「偏った共通認識(妥協点)」

を創出するにはどうやっているのか? というのが手法的に面白そうですが。



そんなようなことを考えたり、考えなかったり。
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by namizusi | 2011-03-07 00:01 | TRPG


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