話し合うことの意義:(・_・)

TRPGセッション中で話し合うことの意義についてまとめてみます(誤解が多いようなので)。



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1.背景
1)話し合うことに対する否定的見解がことごとく的外れな偏見によるものがあまりに多いので、その誤解解消のため。
 下記のような誤解があります。

・「何か自分はこれが正しいと思い込んでいて、それを押し通すため議論を吹っかけている」?
・「多数決は仕方なくやるものである」?

2)「共通認識」構築のために、話し合うことは、TRPGでは本質的に必要であるという主張をします。

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2.何のために議論を吹っかけるのか?
・「何か自分はこれが正しいと思い込んでいて、それを押し通すため議論を吹っかけている」?

 複数環境で遊んでないTRPGerの場合は自分の知ってる裁定が絶対と思い込んでる人もいますが、リプレイを読んだり複数環境で遊んでる人間の場合には、プレイ環境によって裁定が変わり得るというのは既知の問題なので、そこでいちいち自分の主張を絶対と思い込んでそれを押し通すために議論を吹っかけることはないです。たぶん(笑)。
 どちらかというと、その裁定に違和感を覚えたので認識のすり合わせをしたいという場合が大半ではないでしょうか……とりあえずワシの場合はそういう認識です。正直、主張が通っても通らなくてもどーでも良くて、ただ、違う考え方もあるんだけどどーよ? と聞きたいだけのことが多い。そこを誤解したままセッションを完了させても、共通認識が出来たと思えないというか。

 議論を仕掛ける際の要求には複数段階があります。

1)この場の裁定に違和感を覚えたので、その心情吐露をしたい。とりあえず聞いて欲しい
2)最終的には納得して、自分の主張が通るなり、結局当初の裁定に落ち着くなりに落ち着きたい

 こんな感じ。我がままを言いたいというよりは、認識がずれたので確認してすり合わせがしたいだけなんですけどね。キャラクターの認識(性格とか人間関係)とか、話の進行とか(ここはクライマックス? とか)の、認識のずれは話し合うなりなんなりしてずれを補正する(「ぶっちゃける」もその一つ)にもかかわらず、ルール認識についてもすり合わせを行わないのはナンセンスかなあと思います。

 とりあえずまあ、言いたいのは

<1>話を聞くだけは聞いて欲しい
<2>配慮した上で裁定してもらえたら、なお素晴らしい
<3>ルールについての認識合わせも「共通認識」構築のために必要である

というところです。

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3.議論とステークホルダー
・「多数決は仕方なくやるものである」?

 ……という書き込みを見たことがあるのですが、どうだろう、という話です。
 多数決をやるためには

<1>それぞれの主張を述べる
<2>採決する

 という手順を踏む必要があって「それぞれの主張を述べる」というのは上記で書いたように「共通認識」構築のため必要と思うわけですよ。そういう、

・主張の機会を与える

 効果が、多数決に至る過程で発生します。これが重要です。
 で、次に、決定を誰かが独断で決めるか、投票で決めるかというのがありますが、独断で決めたくない瞬間というのがあります。マネジメントにおける調停の考え方で「ステークホルダー」というのがあります。これは、日本語訳すると「利害関係者」のことになります。要するに、問題で実際に利益・被害を受ける当事者のことです。

 TRPGセッションではルール裁定ではGM自身がステークホルダーになることが多いので(ルール裁定結果によってシナリオギミックが機能しなくなったりすることがある)、だいたいは主張を聞いた上でGMが独断で裁定しても良いのですが、GMがステークホルダーじゃないケースがあります。そういうときに、当事者でもないGMが勝手に決めるのはいかがなものか。

 具体的に言うと

・PvPでPC同士だけの閉じた処理をする場合
・セッション進行が大雑把に抽象化されてて、細部のルール裁定はどーでも良い場合
 (AマホのT*分割とか)

 ……という場合なんかはPLは明らかに「利害関係者」なので、それぞれ主張したいことがあると思われるが、GM的にはどーでもいいわけです。

 そういう場合に

・それぞれの主張をする機会を与え
・主張を汲み取った結論を導く

 ために、多数決が使えます(ランダム決定とかでも良いけど)。まあ、あんまりグダグダやるのはよろしくないので、制限時間なり、採決方法を明確にしてコンパクトな時間で処理できるようにするのがベターでしょう。

 多数決を使用しない場合

<1>何か主張する
<2>それについてあれこれグダグダと見解を返されうやむやに終わる(しかもグダグダに時間がかかる)

 という具合に、時間がかかる上、うやむやに済まされることが多々な事態に陥るくらいなら

<1>何か主張する
<2>多数決を採る

 という方が、バッサリ高速に処理が出来るし、結果も明確にわかるわけで断然ましかと思われます。

 こんな感じに、主張した以上は、レスポンスも欲しいのが人情と思うのですが。

 何だろう、この辺の認識の相違というのは

・TRPG参加者間で話し合えば何でもわかりあえると思っている。わかり合えないことは無視する(公約数的)
・TRPG参加者間で認識の相違があるのは当たり前なので、主張を聞いた上で機械的に選択しよう(公倍数的)

 ……という認識の相違に帰結するような気もします。

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4.「共通認識」「シナリオ」の優先度
 この辺の価値観の違いですが、ワシの認識は

「共通認識」>>>「シナリオ」

 という価値観なんですよね。TRPGセッションというのは一緒にプレイして何かわかり合ったと思える(あるいは、これはわかり合えねーと認識するw)のが目的であって、シナリオを完遂するのが目的じゃないんですよ。
 ルールの認識の違いがあって議論が起こったら、それについて話し合って最終的に妥協していく過程を体験していくのが面白いのであって、シナリオを進めていくのが面白いわけじゃ全然ない。シナリオというのは議論を巻き起こすための「ダシ」でしかないと思っています。

 なので、ルールに関する議論が起こったら、そこに乗っからないのはワシ的には本末転倒なわけです。

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 一方、TRPGセッションが公開(コンベンション)でやるイベントとして捉えてるなら、一通りきちんとやって終わらせて見せることが優先で、それを滞らせる議論は「悪」のようなスタンスになるのはわかる気がします。

「シナリオ」>>>「共通認識」

 プレイして、参加者が、これが新たにわかり合えたなーとかいう感触を得ることよりも、その日のプレイをきちんと体裁として完遂することが優先されるわけです。で、そういう環境では、完遂したけど色々認識の相違を放置したままになって、ゴニョゴニョするのを誤魔化すため、プレイ後のディスカッションを「反省会」などと呼び習わして、弾圧活動に精を出さなくちゃならんくなるわけですね。



 ……というわけで、個人的には、コンベンション環境ではそういう体裁を取り繕う必要があったと思われますが、オンセとかカジュアルで比較的内輪ライクな環境で遊べるようになり、何か文句があるならネット上で容易に意見交換出来るようになった昨今の状況では、もうちょっとグダグダやっても構わないと思うわけですよ。

 で、TRPGの本来の目的である「共通認識の構築」に配慮したルールなりセッションのスタイルを模索して良いんじゃないかなと思います。



そんなところで。
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by namizusi | 2012-02-11 19:26 | TRPG


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