深淵における「美しい物語」(私見)(・_・)(4)

 深淵における「美しい物語」の話の派生で出た懸案のラスト、「死生観」について。

1.前提条件:「私見」とは
 この論は「私見」です。
 世の中には「私見」の意味が分からない人間が、しばしば、よく、多数いらっしゃるようなので(まがお)、意味を記述しておきます。

し‐けん【私見】
自分一人の意見。また、それを謙遜していう語。「―を述べる」
【岩波書店 広辞苑 第六版 DVD-ROM版】




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2.背景
 私の認識では、深淵の死生観というのは、

・目的・運命達成>生き残る>>>何もできない

と思ってるんですけど、

・目的・運命達成=生き残る
・目的・運命達成<生き残る

と思いたい人がいるようで、実際どうなのかを、るるぶの記述および、イベントなんかでのデザイナー氏の発言などを元に検討してみたいと思います。

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3.ルールブック上の記述
・p.9 ロールプレイ/個人の生きざまを演じる
「TRPGの多くでは、生き残ることが一つの判断基準となっていますが、『深淵』の物語にあっては、「死」は敗北とは限りません。最終的に「生」と「死」のいずれを選ぶにしても、「物語」に寄与していれば、その選択は個人の勝利に結びつきます。自ら破滅して果てるのも美しいし、目的に向かって突進し、その途中で力尽きるのも美しいでしょう。
 PCの生きざまをいかに貫き、物語に光芒を残すか。それこそが個人の勝敗に関わっていくのです。このために、プレイヤーは自分のPCを追求しなくてはなりません」

→これは、深淵以前の多くのTRPGで、生き延びることが目的達成よりも優先された(経験値システムなどで)ことへのアンチテーゼとして、死んでも目的が達成できたなら、あるいは生き延びることより目的を達成することを優先する振る舞いをしても良いじゃん、てのを強調した書き方をされてると思います。

・旧来のTRPGの比重
 目的達成:■■■
 帰還生存:■■■■■■■

・深淵での比重(1)
 目的達成:■■■■■■■
 帰還生存:■■■

・深淵での比重(2)
 目的達成:■■■■■
 帰還生存:■■■■■

こんな感じ。深淵での比重は(1)だったり(2)だったりしますが、深淵初版だと「旧来のTRPGの比重」の反動として極端に振り切れて「深淵での比重(1)」くらいまで偏りがちだったように思います。

 たまに、深淵を遊ぶと、わりとサクッと全滅できるのですが、それが新鮮でたまらないと言いましょうか。

 ルールバランスにも当初問題がありまして、魔道師・まじない師が、初期だとバランスがいまいち取れてなくて、正直魔法が全然使えなかったりしたんですよ。
 ――クライマックスで魔族と戦うことになったとしましょう。
 基本的に、細かい魔法は、ほぼ役に立たず、武器なんかで殴った方が早い。あるいは武器でどうにもならない場合に、魔法に頼ろうとしますと、発動コストがバカ高い召喚魔法を使わざるを得なくなります。で、これが手間暇すごいかかる上、高確率で途中で失敗して、深淵があふれ出す。すると、あふれた深淵に辺り一帯が呑まれて、その地域が壊滅する上、逃げ損ねたPCも巻き込まれて全滅するという事態が容易に起こった。

 深淵をさんざん遊び込む人だと「また全滅かー(飽きた)」というような事態が起こっておりました。で、初版だとPCが生き残ることについての注意書きがなかったので、そうやって安直に全滅しても、それは深淵的美しい物語になるんかねーと、安易に受け取られたりしておりました。

 それを避けようとすると、そもそもクライマックスで戦闘しない方が、安易に流されなくていいんじゃね? となって、ワシの場合は最初の頃、戦闘しないシナリオばかりやってて、深淵の戦闘ルールをさっぱり覚えられなくてPLの方が戦闘ルールに詳しいという、おかしな状況に陥ったりしてましたが(白目。

※2版では魔法系PCが強化されて、クライマックスが戦闘になっても、それなりに活躍できるようになってます。3版では「加護」という使い切りの特殊能力が魔族や何かから与えられるようになって、さらに魔法系キャラが戦闘でも、いろいろできるようになると思われます(楽しみです!)

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・p.10 チャレンジ/運命と戦う意志
「ここで忘れてはならないことが一つあります。運命に翻弄され、流されていくことは非常にたやすいことで、一見、美しい物語のように見えますが、それは自己満足的な破滅に過ぎません。過酷な状況の中で生き残り、自分のキャラクターの目的を果たす意志こそが大切なのです」

→ここは2版で追加された記述ですが、初版ではぶっちゃけ、

「死ねば美しい?」

という、認識がまかり通ってるところがありました。酷いと、目的も達成できずに安直に死亡するのも美しいですか? とかいう状況がありました。まー最初の1~2回くらいは目新しいのもあって、それでも楽しめましたが、3回も4回も5回も6回も……と続いてくるとさすがにどうかなと。

・死>目的達成>>>生存>>>何もできない

ていう風に勘違いするくらいの状況がありましたが、2版ではこれが、

・目的達成>生存>>>何もできない

くらいになったかなあと。

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・p.287 GMガイド
「『深淵』のPCたちは、それぞれが独立した存在で、独自の目標(=運命との対峙)を持ちます。ある者は霊廟に惹かれ、ある者は霊廟を恐れ、ある者は急ぎ古城を去ろうとさえするでしょう。
 それでいいのです。
 GMは折に触れ、ゲーム進行を阻害しない範囲で『深淵』というゲームの目的を語るべきです。

 その一、「すべては美しい幻想物語のために」
 その二、「運命を解き明かす」
 その三、「生き残る」

 これらを思い出させることは、葛藤を明確にすることです。物語や運命よりも命が大事であれば、その葛藤さえも物語になります。立ち去る(ゲームから去る)という決断さえも、その人物の中ではドラマとなっているはずだからです。
 ……とはいえ、物語の中心は、霊廟に向かった者でしょう」

→基本るるぶ掲載シナリオ「英雄王の遺産」は、2版発売の少し前に出た、シンプルかつ非常によくできたシナリオで、いきなりシナリオ1の「落雷」をやるよりも、まずこの「英雄王の遺産」をプレイしてみるのが、良いと思います。ダンジョンもので、PCの行動範囲が限られていて制御しやすいですし。
 ここに、デザイナー氏がしばしば語られている(いた)、3つのゲームの目的の話が出てきます。
 るるぶには記述がありませんが、この3つの目的は「順序が重要」と、デザイナー氏が何度か言及されていたと記憶します。なので、ワシの解釈としては、単純に順番通り、

・美しい物語>運命解明>生存

という優先順位になっている、と考えます。

 ただ、この「英雄王の遺産」というのは、当時、数多くプレイされたノウハウの蓄積で、死生観が揺らいでいた雰囲気も感じます。

「ある者は急ぎ古城を去ろうとさえするでしょう。
 それでいいのです」
「物語や運命よりも命が大事であれば、その葛藤さえも物語になります。立ち去る(ゲームから去る)という決断さえも、その人物の中ではドラマとなっているはずだからです」

 実際のプレイでこのような動きをした人がいたのではないかと推察されます。ここで見える、思考の揺らぎというのは、

1)シナリオ作成者としては、運命と対峙することを優先している
 →「……とはいえ、物語の中心は、霊廟に向かった者でしょう」

2)PLの中に、霊廟に向かわず、運命と対峙せず、生き延びることを優先する人がいたとしても、それでも良いと、ここで初めて認めている
 →「ある者は急ぎ古城を去ろうとさえするでしょう。  それでいいのです」

3)悩んで葛藤することが最重要。その結果、生き延びて目的を放り出そうが、従来の価値観の目的を優先して命を捨てかねない方向に走ろうが、どれでもかまわない
 →「物語や運命よりも命が大事であれば、その葛藤さえも物語になります。立ち去る(ゲームから去る)という決断さえも、その人物の中ではドラマとなっているはずだからです」

・悩むこと(=葛藤)が最重要だ
・「運命解明」と「生存」は等価だ
・シナリオ作成上の都合で申し訳ないけど「運命解明」を優先する

という感じになってるかと。なおかつ、ここで「美しい物語」って何ですか? の回答も見えるのですが、

上記1)美しい物語>運命解明>生存
 ↓
上記2)美しい物語>運命解明>=生存
 ↓
上記3)悩むこと(=葛藤)>運命解明>=生存

となるので、要するに、

・美しい物語=悩むこと(=葛藤)

と言っておる。で、悩むこと(=葛藤)というのはPC一人で考え込むことだけを指すのではなくて、「落雷」のPC誘導の動きを見るに、

・PCが対立する価値観を持ってて、けんけんがくがく、議論し合ったり、お互い説得し合ったり、ぶつかり合ったりする(いきなり殺し合わない程度に)

ということをも指しているのではないかと推察されます。総合すると、深淵における、システムで提示された「美しい物語」とは、

・悩むこと
・PC同士が対立する価値観で、説得し合ったり対峙しあったりすること

と考えられるかと。

 また蛇足ですが、シナリオ記述の都合で、たまたま「英雄王の遺産」では、「運命解明>=生存」となってますが、GMに対応能力があり、PCたちがそっちを優先したいとして流れていくのであれば、生存を優先にした逃亡シナリオの展開を紡いでいくのもありかと思います。

・美しい物語>運命解明=生存

 こうなり得る。(GMに対応能力があるなら)

※個人的には、段階的・選択によって、いずれの選択を選んでも、ドラマチックで面白く展開するシナリオのフレームワークを考えていて、完成したら、シナリオ作成大全かどこかに投げようかなーとか思っております(思ってるだけ)。それが実現したら、現状やむを得ず、シナリオ作成コストの制約で、

・運命解明>=生存

となってますけど、これが完全に、

・運命解明=生存

という状況にできるかなーと愚考しております。

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4.死生観に関する仮説
 死生観について、結局、「悩む」「議論する」「対立する」のが、『深淵』で一番やりたいことなのだーという流れより、死生観の比重としては、

・深淵での比重(2)
 目的達成:■■■■■
 帰還生存:■■■■■

という配分が、一番目指したいところではないかと考えます(※2)。

 生存ばかりを優先して、安易に、目的を放棄してしまったら面白くない。
 目的ばかりを優先して、安易に、命を捨てるのも面白くない。

 ――どちらも同程度に重要で、どうしようと悩んで、議論することが重要。安易に一方の選択に逃げない。真剣に、そのジレンマと対峙し続ける。

 その果てで、結果として、生き延びることを選ぶことになったり、目的遂行することを優先することになったり、あるいは幸運にも両方を勝ち得たりする。それが面白い、と考えられている。

 「落雷」のGMガイド(p.281)で、こういう記述があります。

「注意してほしいのは、プレイヤー間の緊張を保つことです。平和に終わらせようとするプレイヤーもいると思いますが、群像劇としての緊張感や駆け引きを楽しめるように、GMは安易に流されないでください。邪悪な魔族の魔剣なのですから」

 ここでは、

・魔剣を私利私欲のために使うか
・魔剣を恐るべきものとして封じるか

という2つの欲求のせめぎ合いが描かれており、これが美しい物語とイメージされてるように思われます。「生存」についての考えは、ここではありませんでした。

 が、深淵2版の拡張された考え方では、「生還する」も一つの重大な、基礎的な欲求であると認められて、「英雄王の遺産」では、

・運命解明を投げ捨てて生き延びたい
・生き延びることを捨てて運命解明したい

という2つの欲求のせめぎ合いも、美しい物語である、とされているように思われます。

 どこに書いたか忘れましたが、ワシが昔書いた深淵の記事で、深淵には、

・暗黙の縁故:自分自身の命(5)

というのがあると思って遊ぶと良い、という話を記述した記憶があるのですけど、深淵2版では、これが公式に認められた、と考えていいんじゃないかと思います。

※実際には、PCのどれか一つの縁故5を、生き延びる理由として重ね合わせたりすると、よりドラマチックになって、深淵推奨の遊びになると思いますが(誓いの言葉を交わした「恋人:縁故5」のために生き延びねばならない、と考えているとか)。

※これについては「当事者性」とも関連していて、他のシステムでは、
・旧来のTRPGの比重
 目的達成:■■■
 帰還生存:■■■■■■■

・「当事者性」の高いと言われるシステム
 目的達成:■■■■
 帰還生存:■■■■■■

・到達していない
 目的達成:■■■■■
 帰還生存:■■■■■

て感じで変遷してると思われますが、深淵の場合は、

・旧来のTRPGの比重
 目的達成:■■■
 帰還生存:■■■■■■■

・深淵初版
 目的達成:■■■■■■■■■
 帰還生存:■

・深淵二版
 目的達成:■■■■■
 帰還生存:■■■■■

て感じに揺り返してきている印象。

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5.蛇足
 ……という感じかと。
 要するに、セッション全体を俯瞰するメタ視点の「物語」観点では、深淵は、

・葛藤することこそ面白い
・gdgdすることこそ面白い
・悩むことこそ面白い
・対立することこそ面白い

と言ってるわけです。

 ところで、こういう葛藤・gdgd・悩む・対立する、というような状況がTRPGに持ち込まれると、それでプレイ時間が大幅に食われることがあって、そういうのを嫌って、

「悩まない(即決)」

ということを誇らしげに宣言する人がよくいるんですけど、それは、『深淵』2版の目指すところには合わんかなあと思います。『深淵』のセッションというのは、その日1日、6時間とかのセッションで、何か1個のテーマについて、悩んで、対立して、gdgdすることを楽しむ、ということが目指されている、かと。

 まあ、そもそも『深淵』では、運命を2つデフォルトで持つというのが、2つの欲求の間のジレンマで悩むことを楽むメカニズムになってるので、そこをいきなり却下されてもなーというのは、あったりなんかします。

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6.まとめ
 結論が今までの話と合ってないですが(笑)、前回のモデル図で書いたんですけど、『深淵』では、

・PC個別の美しい物語
・卓全体の美しい物語

 という2つのレイヤーがあると認識しています。最初の頃に書いたPL個人が美しいと思うものを目指せばいいんじゃー、って話は「PC個別の美しい物語」に限定したところの話です。

[1]PC個別の美しい物語では、PLが一人で悩んで、これが美しい~と思ってれば良い
[2]卓全体の美しい物語では、PC間の価値観の相克を遊べばよい
[3]深淵2版では、死生観の相克も、相克の一つとして取り上げられ得るようになった

 そんな感じかと。前にも書いたモデル図をば(下記)。

b0056599_625852.jpg


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 以上で、ワシ的な深淵2版における「美しい物語」の結論が出たので、これで幕とします。

 いちおう、繰り返しますが、この話はあくまでワシの「私見」ですので、自分の感性に合うと思えば採用されれば良いかも知れませんし(それで問題が起きたとしても何も保証しませんが(自己責任で))、自分の感じるものと違うと思うのであれば、自分なりの「美しい物語」を目指されれば良いと考えます。


 そんじゃまー
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by namizusi | 2014-06-02 21:46 | 深淵


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