PLを信用しないGM(前書き)

 最近PLを信用しないGMが増えているように思う(真に受けないように(笑))。

 まあ、もともとそういうGMは昔からよくいた。PLがさまざまな無理難題を吹っかけてきてそれに対応する能力がなく困ってしまったので、ルール的・慣習的に事前にあれこれ制限を明確にすることで何とか自分の制御できる範囲に持ってきてマスターする、というタイプのGMである。個人的には、そういう対応能力が欠如していて場数を踏んでも上手くならないタイプの人間というのはそもそもTRPGのマスターに向いてないので止めた方がいいんじゃないだろうか?と思うのだがいろいろ事情があってやめられないらしい。

 加えてTRPGのシステムのデザイナーでもデザインだけしてればいいものを仕事の都合などで得意でもないマスターをする機会があり、手痛い目にあったりするとそれに対応するテクニックなどをルールブック上にルールとして盛り込んだりテクニックとして明示したりするようになる。そうすると実際環境でそうそう滅多に起こらないはずのケースに対応するためだけのテクニックが、あたかもスタンダードなテクニックであるかのように一般に流布してそれを守らないPLは悪いPLであるという偏ったイメージが定着しちゃったりして実に困る。そういうテクニック・ルールというのは、デザイナーの拙いマスタリングを成立させるためだけの偏った特定の状況にしか使えないものである。加えて特に問題と思うのは、そういったテクニックというのは

「PLにはろくなやつがいないのでそういう奴らが対応しづらい困ったプレイをしようとしてもそれを事前に抑止する」

というPLに対する不信感に満ちた観点によるものであり、実際のプレイではそんな困った状況に遭遇するのはたまにしか起こらないのに、そのたまに起こるトラブルのために全部のプレイにその疑心に満ちたテクニックを導入しろという態度である。例えて言うなら

「君は銃を持つことができる。法律が保証しているからだ。ということは、君はカッとなったときに銃を取って僕を撃つかもしれない。それは困るので、万一君がそんな態度に出たとしても対処できるように事前に君のこめかみに銃を突きつけておくよ」

というような状況なわけである。こんな脅し文句を言われる状況でPLとの信頼関係など築けるのであろうか?ひどく疑問である。映画「ボーリングフォーコロンバイン」で、CMとかで世の中には恐ろしいものがたくさんあります。それに対処するため銃を携帯しましょう~と宣伝すればするほど銃による事件が多発するのと同じような状況が起きているのではなかろうか?とか勘ぐりたくなる(笑)。

 TRPGというのはコミュニケーションのゲームである。で、コミュニケーションの基本は「相手を信頼する」ということである。しかし現状は疑心に満ちたテクニックの導入によってその根底の信頼感自体が崩壊しつつあるのではなかろうか?

つづく
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by namizusi | 2005-09-28 12:57 | TRPG


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