最大公約数って何?

 Yahoo! JAPAN
 困ったちゃん
 あえて“正しい”TRPGの遊び方の話

 「Yahoo! JAPAN」のトップページが改定されてとても使いにくくて困っているのだが(笑)、TRPGの共通認識における「最大公約数」という話が出ているのだが、

公約数って何?それも“最大”って?意味わかって使ってるの?

と、至極疑問に思った。例えばヤフーのTOPページなんかは世間の多数の人が見たがるものをピックアップした最大公約数的なメニューになるべきと思うのだが

日本の輸出産業で自動車に次ぐ大手であるアニメやゲームの項目がトップページに出てこないのは、いったい何を考えて項目設定しているのであろうか?

と、しごく疑問に思うのである。しかしまあ、それぞれのジャンルをクリックして追っていくと欲しい項目に到達できる。まあ普通だけど使いづらくなった。ちょっと飛躍するが要するに

・目に見える最大公約数
・目に見えない最大公約数

というのがあるのではないかと。

 例えば音楽で言うと、バークリーメソッド的なコード進行があってメロディー主体で3番で転調して盛り上がるのが前世紀的なメジャーであったのだが

・メジャー=最大公約数?

かというとそういう風には全然思わない。コード進行や和音なんて何にもなくひたすら単音で、たまに4度上がってちょっと劇的に展開するだけの「グレゴリアン聖歌」がブームになって若い人から年寄りまでみんな聴いた、という現象があったようにメジャーじゃなくても根源的な公約数的要素を持っているものはいくらでもある。

 ストーリーの世界でもハリウッド的展開では「登場人物の死」はなるべく避けるようにして公約数から除外してきたという状況があるが(今世紀では変わってきた)、日本では過去から普遍的に「死の美学」として死をドラマで扱うことを嗜んできたし、アジア圏やインドの映画でも登場人物があっさりサクサク死んで安直なドラマを繰り広げていたりする。成熟したロートルな文化圏では「死」は除外されがちであるが、そうでないところでは割と普通に物語の1要素として「死」は扱われる。

 という感じにメジャーからは外れているが公約数的に受け入れられる要素というのは多数ある。そういったものを全て追求したわけでもないのに「最大公約数」と安易に使うのは違うのではないだろうか?要するに

・「安心して受け入れられるメジャーな公約数」を「最大公約数」と称しているだけで、それは“最大”でもなんでもない、下手をするとエッジな領域を開拓しようというチャレンジ精神の欠如した、年よりくさい概念ではなかろうか?

と危惧する。

 まあ、僕がもともとメジャーなんてくそ食らえって感じで外れたものをやってばかりいて、そうやって外れたものをやりつつ人が受け入れられるようにするには、もっと根源的普遍的な共感要素を独自に探してこなければならなかったという経緯があるので、懸念と自分のスタンスの予防線のため、こんなことを書いておくことにする。


 んじゃ
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by namizusi | 2005-12-16 12:53 | TRPG


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