ドッグヴィル

ドッグヴィル

観ました。
はあー。すげー。

山間の村の壁のないセットのみで話が展開し、悲劇的事件が起きてそれが赤裸々に見えてしまうのですが、現実には


それは壁に阻まれて目に見えない


しかし、村という隔絶されたコミュニティでは人づてに噂が伝わり、


あたかも壁など何もないかのようにすべてが知れ渡ってしまう。


…という概念を実に巧妙に表現した前衛的かつ天才的映画と言っていいと思います。

何か、こんなような話がスティーブン=キングの作品にもあって「どうなんだろう」と言われてたのを思い出しました。あと、戦時中の公娼の話とか。

多数のために少数をスケープゴート的に貶め、周りはそれを知っているが見て見ぬ振りをするという、実際現実にもよくあるような実に生々しい話を、シンプルに様式化抽象化したファンタジックな寓話的作品と言えるでしょう。

ほんとに、


ファンタジーほど恐ろしいものはない、


としみじみ思いつつ。
時間は3時間もの長時間で^^;、とても後味が悪いので人に勧められたものじゃありませんが。
人間の恐ろしさというものを見たい人はぜひどうぞ。
芥川龍之介にも通じるところがあるなあとか思いつつ。

あんまり関係ないんですが、昔NHKのインタビューかなんかで押井守監督が話していた話で、ルパン三世の映画を撮ろうとして、話があまりに前衛的過ぎて描いてる人に「ついてけない」と言われてぽしゃったそうなんですけど、最近何かその作品の主旨がすごくよくわかってきたのでぜひ観てみたいなと思ってたのを思い出しました。ルパンというロールを全キャラクターがロールプレイする話なそうですが。
すげー顰蹙買いそうですが観てー。

宮崎駿監督の「さらば愛しきルパン」って、パート2ですっかり大衆化して世間に媚びたルパン像を皮肉って「世間が観ている『ルパン』は本当のルパンじゃない。偽物である」という主張をこそっと入れつつ昔のルパン的活劇を展開する話なんですが、それに対するオマージュというか返歌かなあと。

“ルパン像はみんなのものになった。いろんな人がいろんなルパンを自分の都合のいいように演じている。”

…というのをメタ的に描こうとしていたのではないかと。
なんか、こういう主張をこそっと入れつつきちんと大衆的エンターテインメントとして完成させるところが宮崎作品のすごいところだと思います。クラリスの部屋に突入する時にミサイルを撃つ場面なんて、原作テイストのエロエロなシーンだと思っちゃうとゲラゲラ笑えるのですが。
全然関係ないですがフランスの画家で椅子をエロく描く人とかいたのう。誰だったかな?


んではまた
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by namizusi | 2005-12-24 04:19 | ストーリーメディア


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