最大多数の最大幸福と平等論による「楽しさ」の総量:(・_・)

 さて、ここ

・(幸福リソースの総量が足りない場合は)不平等にした方が全体の幸福の度合いが高くなる

というのを証明してしまったので^^;、これを「TRPGの面白さ」に置き換えて整理してみようと思う。「TRPGの面白さ」というのは観点として無数にあるのでこれが絶対であると言うことはできないのだが、比較的普遍的即物的観点として

観点1)PCが生き残った方が幸福である
観点2)PCとヒロインがうまくくっつくと幸福である

というものがあげられると思う。(わかりやすさのため、目的を達せられたら幸福である、という観点は今回ははずしておく)さて、この基準に上記の論を当てはめるとこうなる

観点1-1)全体としての生存確率が低い場合、一部のPCが生き残り、一部のPCが死亡するという不平等を作り出した方が、全員生き延びるとか全員死亡するよりも楽しいセッションになる

観点1-2)全体としての生存確率が高い場合、全員生き延びる平等感で、より楽しいセッションになる

というわけで、以前のFEARゲー(最近は知らない)が全員生き延びるぬるいバランスになっていたのは「観点1-2」によるものであるということがわかる。「バランスがぬるい」のは平等にするための必然なのである。
一方、初期のD&Dとか深淵とかクトゥルフの場合はわりとPCが何人か死亡しても不思議でないバランスになっているので「観点1-1」が適用される。端的に言うとこの手のシステムは

・一部のPCが死亡し、一部のPCが命からがら生き延びた方が全体として楽しいセッションになる

ということが現代倫理学的に証明できてしまうのである。やれやれw。

 さて、次に観点2の方であるが、PCの生存がわりと十二分に満たされた状況でほかに競争原理を入れて面白さを出そうとするのであれば、例えば

・ヒロインとどのPCがくっつくか

という下世話な部分に面白さを持ってくることが可能である。CSTなんかがまさにそうですな。ここに競争原理を持ってくる場合は

・不平等にうまくい人と、うまくいかない人を作った方が、全体としての楽しさの総量は増える

ということになる。一方、恋愛要素の面白さを過剰に供給して平等論的な面白さを出そうとしたシステムとしは「エンゼルギア」なんかがまさにそれだと思う。しかし、いろんな点で実に画期的なシステムですな~。「エンゼルギア」。


そんな感じで。
んじゃ
[PR]
by namizusi | 2006-07-14 22:47 | TRPG


<< 旅(2):(・_・) いろいろ観たり読んだり:(^_^) >>