手段をルール判定するか、目的をルール判定するか:(・_・)

 適当に書きなぐった感想に何やらTBが来たりわからんと言われたりで恐縮なんですが^^;。



 キーワードリンク的な考え方というのは、周辺部分でタイトルに書いた「手段をルール判定するか、目的をルール判定するか」という2つのルールについての考え方に関連があって、

1)セッション中でメインで遊びたい重要なことは「手段をルール判定しよう」
2)セッション中でメインで遊ばない枝葉末節なことは「目的をルール判定しよう」

という価値観がありました。具体的に言うと、戦闘ルール自体をキーワードリンク的に処理するなら

「敵を倒すで1発判定で終了で良いじゃん」

てことですな。これが「目的をルール判定しよう」ということ。
その辺の話はかれこれダイブ何度も繰り返してきたように思うんですけど、検索して拾ってくるのが面倒なので省略します。要するに

・(葛藤するシナリオなんかでは)戦闘判定なんて1発判定で終わらせて十分じゃん
・極端な話、「やる」と言えば必ず判定成功で、やるか、やらないか悩むところに争点がある、にしてしまっても良い
・敵をサクッと倒してしまって、そのあと当初の目的とまったく違う方向に話の展開が転んでくのが面白い

とかその辺の話ですな。

 現実は、そんな風に遊ぶのは今は主流ではないので、「敵を倒す」を直接判定するのではなくて、

「敵を倒すために***してダメージをたたき出す(結果蓄積して最後に敵を倒せる)」

という感じに「手段」部分を戦闘ではルール判定し、ここを遊ぶことをゲーム的に「主」であると考えるのが今どきの主流かと思います。で、その主流部分の対立項として

・(情報収集は枝葉末節部分だから)「1発判定で『***について調べます』で処理してしまう」

という処理をする、という文脈があります。ここがキーワード判定というものの骨子というか当初の目的だったと思います。「登場判定」も同じ文脈ですよね。
だから、そもそもメインに据えて遊ぶつもりのない効率化の枝葉末節部分だけ抽出して新たなゲーム性?と言われてもどうなんだろうと思うわけです。

それはさておき、面白いと思うのは、情報判定1発で処理すると言いながら実は誰かが必ず成功する(選択的にさせる)のを前提にしていて、判定してもゲーム的にあまねく茶番以外の何物でもない(ゲームじゃない)と思うんですけど、似たような状況で昔Fローズで地縁カードを開いて探索してくゲームをやったんですけど

・結局最後は総当り的に全部開くんで順番が入れ替わるだけじゃん

というところに強く茶番さ加減を感じたりしてどうなんだろうと思ったんですが、

・選択する順番自体に意味があるようにしたらゲーム的・演出的に面白くなるのでは?
・PLが「最後に選ぶもの」(最後まで選ぶことを避けたがるもの)には、PLが付加する心理的な意味があって、そこにゲーム的・演出的意味を付加すると面白くなるのでは。例えば、ミステリもの犯人探しで各選択肢でNPCと遭遇することになっていて、どの選択をするとどのNPCと遭遇するかが事前にわかるようになっていて、一番最後に選んだ相手が犯人になる、とか

というのは思いました。
実際のプレイでも、

Aの扉は選んだ。そこにはPC4の宿敵がいた。
Bの扉も選び、PC3の宿敵と遭遇。
Cも確認済み。そこにはPC2の宿敵がいた。
さて、残るはDの扉のみ……

と言うような流れの時にはとても濃密な“空気”がセッション内で発生して面白かったですね。


結局また自分でも意味不明な文章になった気が^^;
適当に垂れ流しておく
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by namizusi | 2007-09-21 00:38 | TRPG


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