2005年 06月 29日 ( 1 )

武侠とは何かっ!?(2)-扶桑武侠伝解説?

 間違いだらけの武侠選び第2回です。
 さて、まじめに「武侠って何?」っていうのを検証しようとすると、きっと元々の源流になるのは水滸伝辺りで、伝奇物にワイヤーアクションを入れるようになったのが霊幻導士からで、様式として確立したのがXXX…とかいう話をする必要があるのかもしれませんが、

そんな些細なことはワスレロ

僕は理系人間で歴史とか暗記するのは大嫌いですし、実際のプレイでも大して役に立たないと思うので、そういうのを説明するのが好きな人に説明してもらうことにしてここでは割愛します。そもそもこのシステムのタイトルは「扶桑武侠伝」であり、「扶桑≒日本」である以上

「日本風にアレンジした『武侠』」

がプレイできれば十分なのです(たぶん)。細部の「中国っぽさ」についてはシステムがフォローしてくれると思いますので今はとりあえず気にしないでおきます。

3)「生き様」と「見栄を切る」
 さて、武侠でなぜやたらめったら派手な演出がされるのか?というのを説明するには、日本の歌舞伎にある「見栄を切る」という概念を当てはめてみるとわかりやすいと思います。「見栄を切る」というのは、

・ある決まった様式で自分が何者であるかについて語り、格好をつけたポーズをとる

というアクションのことを差しますが、何でこんなことをするのかというと

・自分が何者でどんなカッコイイ生き様をしているかを他者にアピールするため

です。いまどき「カッコイイ」というと各人各様で決まった形がなく何となく感覚としてよさげであると「カッコイイ」と認定されることになりますが、要するにこれって基準がさっぱりわからないということです。しかし「見栄を切る」ような様式の決まったかっこつけというのは「パターンが決まっているので本当にかっこ良いかどうか判定する基準も明確である」という特徴があります。これで気分すっきり「こいつはこれこれこういう基準を満たしているのでかっこよいのだ(と見なす)」と言えるようになります。

 さて、「武侠」の派手な演出(特に登場場面)も、同じく「花鳥風月」という様式に則った演出を行います。そして上っ面だけそういう様式に当てはめても「何となく武侠っぽくなる」ことはなりますが、可能であれば、その演出に「見栄を切る」のと同様に「生き様を描く」ことを考慮するとより武侠らしくなります。というか、

・「生き様を描く」ことこそが武侠の派手な演出の本質

であり、たまたま派手なのはその付随効果に過ぎません。極端に逆にいうと、

・武侠の派手な演出によって「生き様を描く」ことのできていない武侠など、武侠ではない

ということができると思います。だから

武侠の派手な演出は、命がけで生き様を貫いて見せろっ

。ここで失敗したということは「生き様を貫けなかった」ことになりますので落ち込んでください(笑)。
 さて、であるので、派手な演出は「生き様」を描き、強く主張できればいいのです。それさえできればそれ以外の細部の整合性など些細なことです。気にするなっ

 あるいは、烈火のような激しい技を使う拳士がいて登場するのであれば

「業火の中から爆発とともに現れた」

とかやって全然OKです。それでその拳士の「生き様」が貫けてますから。いや、そもそも「業火」なんてあったら火事で大変そうだしそもそも熱くてやけどしてないか?と突っ込みたくなる野暮な人がいるかもしれませんがそんな些細なことは気にするなっ


 まあ、そんな感じです。
 んでわまた
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by namizusi | 2005-06-29 12:50 | TRPG