創造するには捨てることが必要:(・_・)

……という割と当たり前?の話を、TRPGの状況に当てはめてみる。



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小説を書いてる人とかに

「その作品を完成させるのにどれくらい書きましたか?」

と聞くと

「ダンボール3杯ぐらい」
「風呂桶1杯くらい」
「自分は少ないけど、ダンボール1箱くらいは」

とかいう話を聞きます。より良い、選びに選んだ選りすぐりの表現に到達するまでに、そこまでの取捨選択と修練が必要ということでしょうか。

TRPGをどんな遊びと捉えるか、人それぞれですが、


「物語を創造する遊びである」


と、捉える場合には、同様により面白い創造(セッション)を目指すために同じ取捨選択が必要となると思います。

まあ、TRPGをやる人間の大多数は


ただのアマチュア


なので、そこまでやる必要は全然無いと思うんですけど、少なくとも自分がせっかく作ってきたネタがセッションで、より良いネタや展開のために捨てられる覚悟はすべきじゃないかなあと思うわけです。

シーン制とかで

「せっかくGMが作ってきたシナリオだから、それを尊重しよう。
 その場でぱっと出たとんでもないアイデアよりも良く練りこまれてるはずだから、そちらを優先した方が楽しいセッションになる可能性が高いはず」

というような考え方が広まった/広まっているように思いますが、これっていうのは場を収めるための詭弁であって、真実ではないと思いますね。

個人的に、ブレーンストーミング的に多人数でアイデアを出し合ってまとめた方が、はるかに突き抜けて、かつ高速に面白いアイデアが出ると思います。


・GMがじっくり時間をかけて考え抜いてきたアイデア
・参加メンバーがワイワイやって突発的に飛び出してきたアイデア


のどちらが面白い可能性が高いかと言えば、総合的に鑑みてどっちもどっちじゃないかと。

でまあ、その場のアイデアを拾うと、その分押し出されて自分が考えてきたアイデアが捨てられることになりますが、そういうときのために最初から自分が考えてきたアイデアは全部その場のセッションで捨てられる覚悟をしてきた方が、TRPG上でより面白い物語を創造できるようになると思います。

まあ、さすがに全部捨てるのはあれなので、半分くらいは捨てて、なくなってもいいやと思ってやるくらいがいいかと思いますが。

で、最初から捨てる覚悟でいれば、実際のセッションでも冷静に


・どっちが面白いか?


を判断しやすくなると思うのですが、どうでしょうか?

あとまあ、TRPGの作家性なり創造性の主体はPLだと思うんですよね。TRPGの物語世界の中で主体的に動くのはPCですから。

PLの作家性が主であって、GMの作家制は従であるのが本来的には妥当かな~と思います。



まあ、接待しろ、というわけじゃなくて、自分でわざわざネタを考えるよりも、その場のネタを拾った方が爆発力がある。

それに乗っかって調整する方に注力した方がマスターしてて楽じゃないかな~っていう。

僕は楽なんですけど。



まあ、

「マスターは***して滞りなく管理しなくちゃならない~」

という思いにとらわれる人が多いかもって所はあって、

「別にあれこれやら無くても結構何とかなるし、
 アイデアはプレイヤーが出してくれるし
 意外と思ったように進むよ」

という境地になかなかたどりつかんかもなーというのはありますな。



よく

「諦める」

って、マイナスイメージの良くない言葉という印象が強い人が多いかな、と思うんですけど

「諦める」

って、仏教用語的には

「悟る」

とイコールなんですよね。



まあ、そんなところで
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by namizusi | 2009-04-20 22:09 | TRPG


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