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シーンのアクセス構造(1):(・_・)

 「ムーンレスナイト」

http://www.bk1.jp/product/03193967

のあと、他のシナリオ集も見てみたのですが、結局フローチャートを書いてるものは他に見当たりませんでした。実は、結構野心的シナリオ集と言って良いかもしれん。プレイレポートやコミックスまで付いて、お手軽な文庫版で。文庫で手軽にシナリオが入手できる環境を開拓しようとしているのか?



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 それはさておき、「ムーンレスナイト」を見つつ、あれって厳密にはフローチャートじゃないんですが、シーンを階層分けして密結合してるシーンを矢印で結んだという何か別のものなんですけど(笑)、TRPGのシーンとシーンの繋がりを考えるのに良いサンプルなので、これをたたき台にシーン相互の関係について整理してみようと思います。

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1.「シーン管理」という用語を定義する
 シーンで管理するセッションと言うと、「シーン制?」と言いたくなるのですが「シーン制」という用語は

・定義が不定で、拡大解釈されたり、縮小解釈されたり、登録商標みたいな良くわからんキャッチフレーズになってて評価不可能

ということで分析の役に立たないので(笑)、今後は「シーン管理」という用語で行こうと思います。「シーン管理」というのは

・TRPGセッションをシーンで管理すること。その概念/テクニック/ルールなど

と規定します。

 元々は「シーン制」って、それまで大勢力を誇っていた、パーティー制/ダンジョンシナリオを一掃する新概念の明確化で、シーンで管理するセッションをしようというのを一大派閥にしようという運動で(「サイバーパンク」みたいな感じ?)、将来的には「シーン制」という用語がシーンで管理するセッションのTRPG界での共通概念となることを目指してたんじゃないかと想像するのですが、現実は、いろいろ批判を浴びた結果定義が妖怪化して、有名無実な用語となってしまったというところがあると思います。「オタク」という用語は今や一般的になったと言って過言でないと思いますが「腐女子」という用語はさっぱり定着しないのは、分類された対象者が「いやそれは自分じゃないし」と否定し続けて定義を不明確にし続けた結果、あいまいな隠語レベルの用語となったというところがあると思いますが、「シーン制」を「それって(自分の考える)シーン制じゃないし」と言って批判を避け続けているうちに隠語っていうか、よくわからない謎用語になったところがあるかと思います。

 というわけで、「シーン管理」で行きます。

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2.「シーン管理」の歴史
 「シーン管理」の歴史ですが、個人的な見解としてはトラベラーが最初っぽい?かなあと考えます。

http://d.hatena.ne.jp/LIST/20091031

 こちらの論で、移動距離や、情報収集なんかが高速化されていちいち間をプレイしている意味がなくなって実質「シーン管理」的に、分割してプレイするのが合理的になるという話が書かれていますが、そういう問題がTRPG黎明期に顕在化したのは、D&D高レベル、トラベラー(借金背負えば初期キャラでも星間移動可能)かと。

・シーン分割1:物理空間的移動の間を端折る

 ただ、この時重要なのは

・プレイ風景はすでに「シーン管理」になっていたが、シナリオはシーン単位では書かれていなかった

というところでしょうか。「シーン管理」はテクニック・ノウハウレベルで存在しており、デザイナー側も裏ではそうやって運用してたんじゃないかと思われるのですが、実物として出てくるルールやシナリオではシーンという区切りはどこにも明示されておらずプレイして解読するしかなかったというところがありました。

 さて、次ですが、

・シーン分割2:話上の区切りでシーンを切る

という分割方法もあり、いわゆる「シーン制」と言われるシステムのシナリオでよく「終了条件」というものが書かれていて、PCにある情報が伝わったり、PCが何らかの決断/選択をしたりといったところでシーンを区切るよう明示されております。この切り方は上の「物理空間的移動の間を端折る」とは別の考え方によるシーン分割と言って良いと考えます。まあ、本当は、シナリオに書かれているシーンの終了条件というのは「シナリオ作成者が満足する場面の区切り」でしかないので、シーンの終了条件はPLが考えても良いことにするとまた切り方が変わりますが。いずれにせよ、

「GM or PLが満足する話上の区切り」

でシーンを区切るという考え方が生まれました。

 また、余談に入りますが、この辺の「シーン管理」の発展の経緯を如実に表現していたと言って良いと思うのは、現代教養文庫(絶版)のファイティング・ファンタジーシリーズだと考えます。ファイティングファンタジーは、第1巻の「火吹き山の魔法使い」はダンジョン探索、第2巻の「バルサ素の要塞」は砦の探索、第3巻「運命の森」でやっと屋外に出たものの、実質ダンジョンと同じ扱いの森の探索。という構成でした。ここの特徴は

・とにかくパラグラフを追ってくと、ちゃんと舞台がマッピングできる

というところで、

「パラグラフ(シーン)」=「ダンジョンの部屋とか場所」

という対応になっていたというのがポイントです。

 そこで、次に登場した「さまよえる宇宙船」が、はからずも、トラベラーから啓発されたかのような星々を渡り歩く宇宙船もので、ここで、上の「シーン分割1:物理空間的移動の間を端折る」が導入されています。

・シーン分割0:ダンジョンの部屋の分割

が、その手前で存在した。

 その後、第2の「シーン分割2:話上の区切りでシーンを切る」がどこで導入されたか、そもそも導入されたかどうなのか微妙なところですが、場所の移動だけでなくダイナミックなストーリ展開が導入された「雪の魔女の洞窟」とか、概念的な場面の切り替え(現実と夢の世界の行き来)の導入された「恐怖の幻影」などで、ある程度「シーン分割2:話上の区切りでシーンを切る」というものが導入されてきていたのかなあと考えます。

 ちなみにファイティング・ファンタジーシリーズというのはそもそも、D&Dを遊んでていたものが、D&Dのダンジョン探索に物語性を導入するハンドリングから触発されて物語的ダンジョンものの発生という形で生まれてきたらしいので(出典はどこか忘れましたが)、発展の経緯としては

D&D
→ファイティング・ファンタジーシリーズの開始
→トラベラーのイメージが混入?
→「さまよえる宇宙船」
→「雪の魔女の洞窟」
→「恐怖の幻影」
→アドバンスド・ファイティング・ファンタジーのシーンで分割したシナリオ形式

という流れでしょうか。ファイティングファンタジーにおけるシーン(パラグラフ)の分割方式の発展と、上で言い忘れてましたが、そこから派生してアドバンスド・ファイティング・ファンタジーで物語上のシーンで分割されたTRPGのシナリオ形式が生まれてきたのは(シーン単位で記述するシナリオの走り?)、非常に大きな一歩だったように思われます。

 しかし思うに、ゲームブックをやってた人間からすればゲームの中がシーン(パラグラフ)で区切られるのは当たり前と言えば当たり前すぎる話なんですよね。あんまりにも当たり前すぎて常識化してしまってたから、シナリオではいちいちシーンで分けて書かずに、話の概略だけ書くという形式になっていた、というところがあるように思います。TRPGでGMをやろうっていうような人間だとゲームブックをやってるどころか、自作した人も多いと思うので、そうすると、話の概略と設定・データがわかればそれだけで、話がどこで分割されて、どこで分岐が発生して……っていうのが脳内ですぐにキュルキュル浮かんでくるんですよ。プログラマーって、ある程度やってると

「これこれこういう処理を作って欲しいんだけど」

と言われるだけで、どういうロジックのコードを組めば良いか即座に脳内で浮かんで、どこで問題が発生しそうかも類推できるようになるんですけど、同じ感じでしょうか。

 が、いまどきだとゲームブックっていうものを体験してないから、そういう感覚がわからんのかもなあというところはあるので、むしろシーンでシナリオを描くべき状況になってると言って良いのかも知らん。

 で、まだ先があるのですが

・シーン分割3:GM・PLの都合でバッサリ、シーンを切る

というものがあります。イメージとしてはアニメがCVでバサッと切られるのと同じ感じ。登場人物の思惑や話上の都合とまったく関係なく、放送局やスポンサーの都合で勝手にシーンが切られる。TRPG上では深淵の「夢歩き」なんかがそうなんですけど、「夢歩き」って「夢」なので、話上の登場人物が満足しようが満足しまいが、話的に切りが付こうが付くまいが、勝手にバッサリ切ってしまえるんです。

ゲームブックではそういうパラグラフの切り方は見たことがないですが、クラシック音楽の世界だと20世紀以降そんなのも曲として出てきました。19世紀以前だと「終止形」と言って、曲の終わるときのパターンが決まってて、それを聞くだけで「ああ、曲が終わったなあ」と記号的に分かったんですけど、展開的にまだまだ続く?という曲の流れなのに、突然バッサリ切れて終わる、という「終止形?何それ?」的曲が、わりと普通に出てます。「音楽の聴き方」では、第2次大戦中にハリウッドに亡命したアイスラーの「小さなラジオに」という曲が取り上げられています。

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>『小さなラジオよ、亡命の間も真空管がこわれないように、気を付けて家から船に、船から汽車におまえを運んだ。敵どもの声がこれからも私に届くように。僕のベッドのわきでおまえは僕を苦しめる。最終放送は真夜中、一番は早朝。敵の大勝利ばかり知らせ。僕には苦痛だ。約束してくれ、おまえは突然に黙り込んだりはしないと』(岩淵達治訳)

>(略)アイスラーが、この歌詞にいったいどんな音楽を書いたか。それはシューベルトやブラームスの最良の作品に匹敵するとさえ言えるような、素朴で甘美で親しげな旋律である。しかし一分にも満たないこの切ないメロディーは、突如として中断される。真空管が割れるような、衝撃的な短い不協和音によって遮断されて終わる。
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……「突然シーンを、話の中の登場人物の意向を全く無視してぶった切る」というテクニックは、こんな切ない表現も出来るし、あるいは、映画のエンドがこういう暴力的なぶった切り方をするものがしばしばあるのですが、あの名作「明日に向かって撃て!」

http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id842/

のような、ある種「希望」を描いてるかのようなやり方もできる。比較的最近の映画では「ユナイテッド93」のあの衝撃的なエンドとか

http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id324192/

「レスラー」のエンドとか。

http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id332729/

……すっかり趣味に走りましたが、「シーン管理の歴史」ということで、

1)ゲームブックのパラグラフ分割の変遷とTRPGの構成の変化の関わり合い

2)シーン分割の観点の変化
 ・シーン分割0:ダンジョンの部屋の分割
  →ダンジョンの部屋単位での分割

 ・シーン分割1:物理空間的移動の間を端折る
  →時空間的分割

 ・シーン分割2:話上の区切りでシーンを切る
  →物語的分割

 ・シーン分割3:GM・PLの都合でバッサリ、シーンを切る
  →メタ的分割

という2つの観点でダラダラ語ってみました。



この記事はそもそもシーンとシーンの関連はどう体系化できるのさーというのをダンジョンの部屋の構造と比較して語ろうかと思ってたのですが、「シーン管理」の歴史を語ってるだけで異様に長くなってしまったので(笑)、本論は次回にするとします。オブジェクト指向の「コンポジットパターン」から、CMSの「アクセス構造」に発展して、さらに単方向ゲームの場面構造の「全網羅要求分岐」(勝手に命名)に至るところまで書く必要がある(わけわかめ)。

んじゃまた
by namizusi | 2010-01-28 01:13 | TRPG


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