「物語」「GMの位置付け」に関する齟齬について:(・_・)

 TRPGにまつわる長年の齟齬で、「物語」「GMの位置付け」についても相容れ難い問題があります。



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1.GMは敵か否か
 「蛮族英雄 バルバロスヒーロー」のリプレイを見てても、スタンスが違うのが面白かったんですけど

日本のPL:GMはPCが倒せる敵を出してくれるだろう
アメリカンなGM:倒せなかったらPCの方で勝手に逃げるだろう。あるいは死亡、全滅

という感じ。

・GMはPC主観で、話を盛り上げるために敵をぶつけてくる。そのためにルールに則って適度に緊迫感を演出する

 →GM>>>ルール

・GMはモンスター主観で全力でPCを殺しにやってくる。PC側がルールに則って対抗してくれば、(どんなにえげつない反応でも)きちんとルールに則って対処する

 →ルール>>>GM

……という感じ。後者は

「GMは
 (ゴールデンルールとかの都合の良い捻じ曲げは一切使わず)
 ルール上のデータ&ルール処理にきっちり従ってプレイすると保証してるからこそ
 全力でPCを叩きに行くことが出来て
 そこで、妥協のない緊張感が生まれる」

という面白さを志向しており、何だか昔懐かしい観点だったりしますが、前者みたいに「作る」視点もまあPC中心で面白おかしく演出しようという考え方としては「あり」だとは思いますが。

 問題はセッション参加者間で、上のどちらであるかをお互い認識し合ってないと、

・GMはPCが倒せる程度の敵を出してくれるだろう……と思って行ったら全滅してしまってガックリした

というような齟齬が発生します。でまあ、事前にどういうスタンスなのかという認識の統一をすればいいんですけど、気付かないまま突進して結末で認識の齟齬に気付くという不幸が発生する。

「GMは敵と思うことで、甘えのない緊張感のあるセッションが出来てそれが楽しいんだ」

という楽しみ方もあるし、

「GMとPLは常に一緒に物語を作り上げる協力者で、そんなに無茶をしかけてくることはないと、安心してプレイ出来る」

という楽しみ方もあるんだけど、これはわりと排他的な価値観で、一方を立てると他者が立たなくなるため、その日のセッションではどっちのスタンスでプレイしているのかの認識を擦り合わせる必要がある。で、日本だと「GMは味方」という考え方が比較的多数で浸透してるので、ついつい今回のセッションも同じだと勘違いしがちで、場合によっては「GMは敵」という考え方自体に遭遇したことがなく、理解も出来ないという状況がある、ことがある。

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2.ハンドアウトで「物語」を「作る」についての齟齬
 ハンドアウトを使うかどうかという話で

・きわめて特殊なシチュエーションのセッションであるのでハンドアウトが必要

というハンドアウトの使い方は同意を得られやすいけれども

・普通のシチュエーションのセッションであるが、インストを早くするためハンドアウトを使う

という使い方については、使っても使わなくてもどちらでも良いんですけど、同意を得られにくいというか、必然性はないというかそんなところがあります。

 例えばよくある話で

・PC1に幼馴染とかがいて恋人というわけじゃないが恋愛的感情を抱いており、最終的にそれが強い動機となってラストバトルがドラマチックな展開にある

というような物語を画策したシナリオは多くて、その場合PC1にヒロインへの人間関係設定が書いてあったりするわけです。しかし、こういうプレイは苦手な人も多くてみんなに嫌われて残りもの扱いをされることがしばしばあるし、喜び勇んでPC1をやってくれる人がいてもその人がろくなプレイをしてくれず残念なセッションになってしまうこともある。

……というような問題への対処として

・ヒロインがどのPCとくっつくかはプレイをしながら様子を見て決める。ハンドアウトには特に記載しない。そこのやりとりで時間がかかるのはセッションに盛り込み済みにする(その分他の部分は削る)

というやり方もあり、こちらのやり方だと「PLの人となりを見た上で決定出来るので比較的信頼できる」「プレイしながら人間関係構築していくので、上手く行けば実のある人間関係になる」という
メリットが発生します。

 で、最初からハンドアウトで関係を決めてプレイする方がいいのか、プレイしながら関係を構築していく方が良いのかはトレードオフの問題でどちらでも良いんですけど、ただプレイ参加者が「どちらであるか」を共通認識した上でやった方が良いかなあというところはあります。

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3.物語というのは出来るもの?
 ……という考え方がありまして、結果として出来る。ある緊迫感のある状況を作っておけば勝手にドラマチックになる。そんなような考え方です。シナリオとかハンドアウトとかデータでGM側があれこれ盛り上がるよう画策するまでもなく、ランダマイザやPLの予想外のアクション等々によって勝手に面白おかしいドラマチックな展開が発生する。それで十分じゃないの? わざわざGMなりシナリオ作成者がいちいちわざとらしく小賢しい「作り」を入れる必要はないんじゃないのか?

 これに対しては、僕の考えとしてはおおむねその通りだけど、自然発生しづらいレアなシチュエーション、関係性なんかは「作ら」ないと出来ないのでそういう時は「作る」かなあと。例えば、ラスボスはPCとか、恋愛ネタとか、近親相姦ネタとかetc...。

 んで、そんなエッジなネタをやらない場合、まずは

・GMがあれこれ「作ら」なくてもどれだけはっちゃけたドラマチックな展開が自然にPLによって創り出されるか?

というのを体感して、その上でシナリオの仕掛けなんかを上手く回すためにどう補正するかを考えると良いのですが、そもそも

「PLに全面的に任せたらどんなことになるのか?」

というのを体験したことすらない人が多いので、そこんとこを知らずにどうすればいいかと言っても目測もなにも付かないので、一度やってみることをお勧めします。最近は、そういうPL主導のネタを拾ってくるシステムも増えてきたのでそれを体験してみると良いと思いますが、例を上げておきますと

・シナリオクラフト
・シノビガミ
・りゅうたまの「街づくり」

という辺りのプレイ(GM)をしてみると良いですかね。この辺をやるときのポイントとしては

・PLの出したネタは基本全部拾う
・どう拾って組み合わせるかという構想が浮かばなかったら、PLに相談して考えてもらう
・どうしようもなかったら了解の上であきらめる

という辺りに気を付ければよろしいかと。「GMが一人で考えなくちゃならない」とかいう思い込みは「間違い」であるどころか、この手のセッションの面白さを大きく減退させる害悪ですらありますので、自分で考えるよりは「みんなで考える」というスタンスでやってみるとよろしいかと思います。

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4.まとまらない
・こんなような認識の齟齬があり、それに気付かず発生している不幸が現存する
・事前に了解を取るようにすると良い
・そもそもそんな対立概念が存在することすら気付いていない人が多数いる、かもしれない。その場合「事前に了解を取ろう」という発想自体が発生しない
・PL主導的なシステムがぼちぼち出てるので、いくつか体験してみるがよろしいかと



まあ、そんなところで。
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by namizusi | 2010-11-23 11:57 | TRPG


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