いろいろ:(・_・)

かもめのジョナサン
 ちょっと見て読みやすそうだったので購入。なんか、オウム真理教の人が愛読していた?とかなんとか。

 話の内容としてはかもめの中のはぐれ者のジョナサンがひたすら飛ぶことを追求し、仲間から追放された後にさらに上の段階に到達し、そうして得られた成果を愛を持って仲間に広めようとかそんなような話。

 なんつーか、仏教哲学の事をなめとんのか。無知は恐ろしい。というような感想でしょうか^^;。いやまあ、内容的に教訓話としてみれば間違った事は言ってないのですが、その真理なり到達点に到達するまで大した苦悩も何もなく(これだったら宮沢賢治の「よだかの星」の方が100倍くらいいい話だと思うのだが)、かつての仲間に教えを広めようというときにも大した苦労もなく(これだったら漫画のデビルマンなりマーズの方が1000倍くらいましだと思うのだが)という感じで、ハリウッド系の物語造形にも深く影響を与えていると思われるアメリカ文学の深みのなさ、造形の浅薄さがよく分かる作品じゃないかなあと。

 酷評で申し訳ない^^;。

老人と海
 これもちょっと見て読みやすそうだったので購入。読んでるうちに映画も観たことを思い出す。アメリカ文学の特徴として登場人物の行動と内面が1対1になっているというのがあるそうなのですが、それが実にクールに分かりやすく描かれてますな。西欧文学とか二昔前くらいの日本文学だと行動に対してあーでもない、こうでもない、そうでもなくってやっぱりあーでもなく…とあれこれ煩悶する様がつまびらかに描かれたりするのですが、そういうのは全くないわけですな。

 そしてひたすら内面よりも行動描写に主として徹することでそのシンプルな心理展開も力強く浮かび上がってくるという、これはこれで表現として面白いなあと。

目の玉日記
 闘病記漫画。暇つぶし用に。
 一度耳が聞こえなくなってまた聞こえるようになった、という人が以前いたのですが、これは一度何も見えなくなってまた見えるようになるというその体験のリアルな表現が面白かったですか。

 TRPGをやってると「こういう体験ってどうセッション上で表現しよう?」と悩む事があるのですが、そういうときにこういう体験記などの描写を参考にするとわりとうまく表現できます。五感的表現についてはそうやってトレースする事が可能なのですが、個人的にどう表現したら良いのか悩んでるのは最近良く出てくるアルツハイマー病とか若年性痴呆とかで

「だんだんと記憶を失っていく」

という事態をドラマの重要な要素として扱うというのがあるのだが、それを「感覚的に」TRPGで表現するにはどうしたらいいのだろう?と。まあ、システム的に表現するなら深淵で

「縁故が減ったら忘れた事にしてプレイしてもらう」

という記号的表現は見たことがあるのだが(同様な記号的表現としてはクトゥルフの「SANチェックに失敗したら“怖い”の記号的表現として扱う、というのがある)、それって結局プレイする人間の想像力と演技力任せになる部分があって、要するに下手なPLだと陳腐なプレイになってしまうので、そういうPL任せな部分を廃して、擬似感覚として表現できないかなあと。恐怖の擬似感覚的表現としては映画では「ショッカー」という手法が多用されますよな(例えば「バンッ!」とかいう音にびっくりする感覚で擬似的に“恐怖”を表現する手法)。

そういうのを「だんだんと記憶を失っていく」でもやりたいなと思っているのだが、いまだ方策が見つからず。正反対に「記憶をとりもどす」の擬似感覚的表現についてはここですでにやったんだけど。逆向きは難しいのう。


そんな感じで
んじゃ
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by namizusi | 2006-07-19 01:21 | ストーリーメディア


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