以前プレイした深淵シナリオを、短くて簡単なのでさくっと書こうかなと思ったのだが、狭い限られた環境でPCが好き勝手に右往左往するタイプのシナリオってそもそも「感情」なんてものは何も考えてないことが多いなと。前回自分のシナリオは「怒哀」の傾向が強い?とか書いたけど、実際のところプレイヤーがそのセッションでどんな感情を感じるかなんて事は何も気にしていないし、シナリオごときで人の感情を操作できるなんて傲慢もはなはだしいな~んて思いつつ(いや、操作できるけどね)。
ほんとに深刻なシチュエーションであれば、ギャグに走ってごまかそうと思っても限界が来てごまかせなくなる。そうやって追い込んで、PLに(PCではなく)、ごまかせなくなってシリアス傾向で走ろうという「スイッチ」が入るかどうかが重要であって、あらかじめ「ここはこんな感情傾向で演出しよう」なんて事は何も考えない。むしろ実際のセッションでPLがそういうシチュエーションになったときにどんな感情を抱くか?というのを知るコミュニケーションが楽しいのであって、そこを「ここはシリアス傾向でやらなくてはいけない“いけない”」とかやりだすと本末転倒ではないかとか、思ったり。
実際のところうちの深淵シナリオなんか悲劇的傾向のものが多いなと思うんだけど、全部ギャグプレイで通されてもまったくかまわないし、そういう感情面については何も書いてない。
シチュエーションやプレイする人と人との間でやり取りを繰り返していくことで、「自然に」、悲しいとか嬉しいとか、腹立たしいとか、笑えるとか、あいつはいい奴だから助けてやりたいとか、そう“なる”のが楽しいんじゃないかと思う。
うむ