プレイヤーシーンの考え方(2):(・_・)

続き。
今日ぐらい定時で帰りたいのですが。眠い。




1.プレイヤーへの心理的影響しかないシーンに意味はあるのか?
 前回、プレイヤーシーンというのは極端に言うと、

「そこで何やってもシナリオの展開に物理的な影響を与えないシーンにしておけば管理は楽」

という話を書いたのだが、そういうシーンに意味はあるのかどうかという検証をする。

 端的に言うと

・そのセッションは物語的必然性を重視するか?
・内面的葛藤なり展開を重視/描写するかどうか?

がポイントになる。たとえばD&Dで「ただ単にダンジョン攻略してくれればよい。動機付けはおまけだ」という志向のセッションをするのであれば、プレイヤーへの心理的影響というのはセッション上蛇足でしかないわけだ。

そうでない場合は、心理的展開がセッションで描かれるため重大な影響を与え得ることになる。たとえば「深淵」の場合夢歩きというルールがあるが、あれは現実には基本的に影響を及ぼさない。しかし、「深淵」のセッションで描かれるのは、最終的な決断なりアクションをするまでにどのような決断要素を提示され、それに影響を受け、最終的にこういう決断をしたのだ、という展開そのものである。そういうセッションではPCやPLへの心理的障壁が、D&Dのダンジョンの扉や壁と同等の価値と効果を持つ。

……そんな感じに「プレイヤーへの心理的影響しかないシーン」が(ゲーム的に?)有意義なものとなる。僕はまあ、そういう心理的駆け引きないし障害、障壁もゲームの一環だと思ってるのだが。

2.物語的面白さとは?
 僕が考える物語的面白さの1つというのは

・登場人物の境遇や心理的展開に共感し、心を震わされ、感動すること

(キャラクター小説の方向性ですが)だと思うので、TRPGで物語的面白さを志向するのであれば「プレイヤーへの心理的影響」は有意味だと思うわけです。

 逆に言うと、物理的アクションなりアウトプットというのは、結局どんなにがんばっても共感困難なフィクションの世界でしかないわけで、フレーバーとして楽しむけど「この物語が面白い」と言ったときにフレーバー部分を楽しんでるわけではないと思うわけです(おまけとして嗜みはしますが)。

3.意思決定の遊び
 TRPGというのはよく「意思決定の遊び」と言われますが、これは厳密には2つに分解できて

・意思
 アウトプットするまでの思考展開、感情的展開、などのこと

・決定
 志向したもののアウトプット

の2つの部分があり、ダンジョンハックなんかは主として「決定」の部分を遊びますが、内面的描写ないし物語志向的な遊びでは「意思」の部分を主として遊ぶんだと思います。


……などと意味不明なくだを巻いてみる。
次回はプレイヤーシーンの具体例など。
はっきり言うと「すでにやってることを明文化しているに過ぎない」と僕は思ってます。

んじゃまた
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by namizusi | 2007-02-01 12:37 | TRPG


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