ストーリー的?「面白さ」とプロットについて:(・_・)

限りなく私的お目汚しメモです。
友人と話してて認識の齟齬が面白かったので個人的な基準をまとめ。
文句を言いたい人は見ないように。



1.「面白い」とは?
 僕の定義では「感動する」「笑える」「萌える」「燃える」「美しい」etc...というような何らかの“感動”を、自分が想定した、ある一定の範囲の人に与え得るもの。あるいはその感動そのもの。

条件1:自分が面白いと感じること
 至極当たり前だが、自分が面白いと感じられないものは面白くない。

条件2:ある一定の範囲の人が面白いと感じるであろうと、推測できること
 誰でもいいんですけど、知り合いのこの人だったら面白いと言うだろうなとか、この作品を面白いと言ってる人なら同様に面白がってくれるだろう、とかそういうものがある程度明確にイメージできる面白さを持っていること。

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2.余談:売れるものは面白いのか?
 「ゲド戦記(映画版)」のような例外があるので条件を明確にすると、事前にネームバリューも何もなくても、扱っている話の構造なり概念が普遍的なので、うまく表現して見せることさえできれば楽しませられるような要素があるものは「面白い」。

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3.自分は面白いと思うんだけど人が面白いと思うかどうかわからない
 ストーリーを創出する立場から言うと「人に面白さが共有されないものは作品ではない(エヴァンゲリオンのように(笑))」と思うので「人が面白いと思うかどうかわからない」というのはナンセンス以外の何物でもないと思う。例えば何かの公募だと大抵「プロット」「梗概」を付けることが義務付けられているが、「プロット」「梗概」を見て何らかの面白さが感じられなければ中身を見ないで捨てられる可能性も大いにある。あるいは見習いの時期だと本編は書かずにプロットだけ書く場合もある。あるいは、プロットを書かないにしても編集者と打ち合わせをする場合は、「プロット」「梗概」のような内容をイメージしてないと話すらできない。

 というわけで、人に面白さを端的に説明できるようになるべきだし、説明できない話は大抵面白くないと考える。

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4.プロット作成でわかる面白さ
・設定の面白さ
・キャラクターの面白さ
・展開の面白さ
・シチュエーションの面白さ

など。文学的な独特の表現の面白さとかはプロット作成では検出できないので注意。ただ「文学的な独特の表現の面白さ」というのはよっぽど文章を書く技量が変態的に上手いとか、おかしい人じゃないと面白さが出てこないと思う。唯一人工的に作った表現的面白さ志向の作家というと長野まゆみくらいだろう。あれも「作りすぎ」という批評はある。デビッド=リンチもそんな感じか。

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5.似たような面白さの先行作品があった場合
 よくある話である。それがとても有名な作品だと知ってる人たちからフィルターのかかった評価をされることになり、多くの場合そっちの有名作品の方が面白いと言われるので、存在を知ったらチェックして差別化を図るのがよろしいかと。すでに差別化ができていると考えるのであれば放置でよいという認識である。

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6.「一般的」
 批評家とか営業とか受け手の思考では「ネームバリューがある」というような基準で「一般的」の判定をすべきかもしれないが、創出者側からするとよっぽどの大家でない限り「(ネームバリューという観点での)一般的」にはなりえない。
 作り手側の観点では表現している思想なり概念なり要素が広く人に理解可能で楽しめるようなものを盛り込む必要がある。そして、そういう自分なりの基準を持つべきと考える。僕の場合は「一般的」「面白い」がそういう基準である。

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7.「大衆的」
 サザエさんとかドラえもんとか水戸黄門レベルの認知度のMy基準。個人的に「大衆的」作品は“大嫌い”なので頼まれても考えたくない(笑)。まあ、ドラえもんはまだ多少面白みがあるか。
 あと、大衆的基準って爺さん婆さんの年寄り基準だよなあ、とか、「大衆的」をベースにすると世の中のストーリーメディアのおよそ9割くらいが除外されちゃうと思うんで、むしろ少数派というかナンセンスな気が。


書いたらすっきりした。お目汚し失礼^^;
んでわ
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by namizusi | 2007-04-24 19:54 | ストーリーメディア


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