ストーリー志向の馬鹿さ加減について(4):(^_^)

最終回。まとめです。



1.「足を引っ張る」
 「人の不幸は蜜の味」と言いますが、極端なストーリー志向では

「PCの不幸は蜜の味」

という楽しみ方、スタンスであると考えられ、そうするとPCの欲求と逆方向の進行を楽しむことになるので、PCと同一化して一緒に喜怒哀楽することを楽しもうとするキャラクタープレイと志向がバッティングしがちとなります。まあ、キャラクタープレイでも「多少は」マイナス方向の振れも嗜みますが、限界があり、ストーリー志向や問題解決最適化志向と、限界点の差で揉めることがあります。例えば問題解決最適化志向の場合、狭い空間を通さなくてはならないが、PCの体の大きさでは無理だ、というときに、PCの体を切り刻んで解体し、バラして通してから結合させれば良いやん。SFならそういう技術があるかもしれんし、ファンタジーなら蘇生させれば良いでしょ、とか考えますが、キャラクタープレイな志向だと、そんなひどいことは倫理的にできんわ!となる可能性があります。

 そこら辺で問題が出やすいと思われるので事前に意識して調整する必要はあるでしょう。

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2.最適解問題
 しつこく書きましたが、極端なストーリー志向では最適解がわかったとしてもその通り遊んでも楽しくない、と考えるというところで問題解決ゲーム志向な人と志向がぶつかり合う可能性があります。そこら辺も事前に意識して調整すると良いでしょう。

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3.PLの失敗
 あとまあPLやPCが越えがたい壁(葛藤とか謎解きとか)を作ってPLが迷ったり、間違ったりするのをニヤニヤ見て笑うのを「意地悪で、PLが苦しんでいるのを見て楽しんでる」とか勘違いする人が昔いたように思いますが、それは違うというか、失敗を乗り越えてがんばっていく姿を見るのが楽しいとか、そういう苦労している局面こそキャラクターのキャラクター性が強く出て話が面白くなるのが予想されてニコニコ笑うわけですが、その辺の同じ笑うにしてもストーリー思考的な楽しみ方による「笑い」は、微妙にニュアンスが違ってて、どちらかというとマイナス方向の悦びよりもマイナスがプラスに、より強化されて発揮される部分を楽しんでる、プラスの要素の笑いという意味の方が強い。その微妙なニュアンスの違いを理解して欲しいなあ、というところはありますな。

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4.まとめ
 どんな遊び方にもそれぞれ特徴があり、志向がぶつかり合う可能性があるし、志向が違う人が実際のセッションで調整し合ってセッションを創り上げていくのがTRPGの面白さだと思います。というわけで、特徴を理解した上でうまくコミュニケーションしましょう。

 ちなみにこういう足を引っ張るストーリー志向の面白さを表した有名な物語と言えば「三国志演義」なんかがその最たるものだと思います。……と思って天下三分の計について色々調べてみたのですが、書いた人によって結構内容や印象が異なりますのう。

 自分は人形劇の話が印象に残ってるのですが、記憶では諸葛亮から「天下三分の計」という策を授けられ、これこれこうすればそれが早く遂行されると注進されるのですが、それは道徳的に良くないことだ、と最適解を拒否するところからすべての紆余曲折が始まる物語だったという印象が強く残っています。そこが面白い。


まあ、そんなところで
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by namizusi | 2007-06-06 12:43 | TRPG


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