FEARゲームの功罪分析(7):(・_・)

最終回。

前回、FEARゲームではインタフェースを明確にしてしまったがためにPLが受身になり、インタフェースでフォローしきれない部分が漏れるようになったという話を書きました。

まあ、こういうのはシステム開発ではよくある話で、しょうがないかなと思いますが、FEARゲームというメソッドの台頭で重要なノウハウが抜け落ちてしまった(そして、思想の違いから今後も取り入れられないかもしれない)、ということに対する不満はあります。
今回は、そういう抜け落ちた観点というものを例を挙げて説明しようかと思います。



とりあえず

・FEARげーメソッド=GM主導なセッション運営
・対立項:PL主導なセッション運営

ということを前提にしときます。まあ、PL主導なセッション運営というものをすでに理解してる人がFEARげーをやると、それはそれで回るんですけど、FEARげーだけをやっていてPL主導なセッション運営という観点を得られるかどうか、かなり疑問であるということで。
例えばGMをやる人がこんなシナリオを思いついたとします。

・敵にPCの故郷が滅ぼされ、親しい人々も殺されてしまった。PCは復讐を誓い、最後に敵を倒す

単純などこにもありそうなシナリオですね?
で、FEARげー的にここからシナリオをデザインしてくとこんな感じになるでしょう

<FEARゲーム的シナリオデザイン>
・ハンドアウトを作る。内容は「敵にPCの故郷が滅ぼされ、親しい人々も殺されてしまった。PCは復讐を誓い」という感じ
・PC,敵、親しい人々に関わるようなPC2~のハンドアウトを作る
・PC1~のそれぞれのオープニング、ミドル、エンディングを考えてある程度均等に割り振る

まあ、こんな感じ。次にPL主導で考える場合はこうなります。

<PL主導的シナリオデザイン>
・ハンドアウトは不要。なぜなら
 「故郷」→PLがデフォルトで考えることができるから
 「親しい人々」→PLがデフォルトで考えることができるから
 「敵」→PLが考えたPCの周辺のキャラクターを割り当てる。何ならPCを敵にしても良い
 PLがデフォルトでナチュラルに考える設定だけでシナリオが回るため、わざわざシナリオに合せてPCを作ってもらう必要がない。ほぼどんなPCでも回る。よってハンドアウト不要である。むしろ、ハンドアウトがない方が自然なPLの反応を拾えて擬似体験的にはより良い。

・PC2~のハンドアウトも考えない。なぜなら
 →他のPLが、メインのPLの提示した設定に合わせて立ち位置を自分で考え、それに合わせてキャラクターを作るので

・細かいシーンも考えない
 →PLのアクションに応じてシーンを創るから。ただ、各PLの出番が均等になるよう配慮する

こんな感じ。基本的に「PLが考える設定/イメージありき」で、そこにGMが考える展開を注入するというのがPL主導のシナリオ/セッションの考え方となります。で、PLがナチュラルに考えるデフォルト設定をなるべく生かした独立性/普遍性の高い展開を最初に考え出せば、PLがほぼどんなPCを考えてきても対応できるので、ハンドアウトが不要になるというわけです。PLの考えた設定を使うことで当事者性も上がりますし。

昔あった公案で、ヒロイックに冒険するシナリオをGMが考えてきたときに、PLがただの町のパン屋のキャラクターを創り出し、「僕のキャラはパン屋でそんな冒険に出るわけない」と言って冒険への参加を拒否された、という話があるんですけど、

「敵にPCの故郷が滅ぼされ、親しい人々も殺されてしまった」

という枠組みは、別にPCがパン屋だろうがミミズだろうが宇宙人であろうが回りますよね。まあ、そんな突飛なPCを考える人はそうそういないと思いますが(最近は特に)。

ただ、上の題材で良くないのは「PCは復讐を誓い、最後に敵を倒す」というところでしょうか。復讐を誓わないかもしれないし、倒さないかもしれない。そのために「PCは敵に会いに行く」というくらいの比較的普遍性の高いプロットに変えます。あるいは「PCはまちを復興する」という方向にする場合もあります。

PL主導というのは基本的に設定をPL主体で考えてもらって、そこにGMが物語を注入することによってPLの考えた設定に生命を吹き込むところに面白さがあると思います。で、PL主体だと、PLが訴えたい細部のことまで拾えるようになるという特典もあると思います(無意識的欲求も含めて)。また、PCというのはそもそもどんな環境で生まれてどんな環境で成長し、どんな人々に会ってきたのか……ということがそのキャラクターを成立させる重要なファクターとなっており(PLがきちんと細部まで考えているのであれば)、そのファクター自体を動かした方がPCも動きやすくなるという効果もあります。「動きやすくなる」というのは活躍しやすい、ということではなく、影響を受けやすくなるという意味です。ええっと、物語論的用語としては「エモーショナル」ってーことですな。

ちなみに大雑把な基本的振る舞いを定義しておいて、細部を実際の相手の設定に合わせて可変に動くことができるようにするのをJavaの世界では「DI(依存性の注入)」と言います。

端的にまとめるとこんな感じ。

・FEARゲー的イメージ
 GMが用意した舞台でPCが大活躍できるようあの手この手を尽くす

・PL主導的セッションイメージ
 PLの思い描いたPC&周辺世界にGMが生命を吹き込む


まあ、そんなところで。
こうやって言ってると「FEARげーでも(システムでフォローされて)できるよ」ということになるかもしれませんが、そうなってくれると僕的に嬉しいですな~。

まあ~、人を信じることを教えてもらえなかったFEARゲーマーは「地雷」とか「事故りやすい」とか言って一蹴するんでしょうねえ。やれやれ

んでは
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by namizusi | 2007-06-22 12:50 | TRPG


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