2005年 05月 12日 ( 1 )

プルートー

 新聞で評論を見て面白そうだなと思ったので浦沢直樹の「Pluto」を読んでみた。
 正直、浦沢直樹という人は

落ちを考えるのがドへたくそな作家(ファンの人すみません(^^;))

という認識があって、「YAWARA!」も、「モンスター」も登場人物とか背景描写とかちょっとしたエピソードは非常に魅力的だが物語の原動力となる「落ち」がすべりまくっている。特に「モンスター」は演出がかなり良くなっていて

よくあのつまらない落ちで延々面白い話を書き続けられるなあ(ファンの人すみません(^^;))

と、正直感心していたのだが、その作家が手塚治虫の鉄腕アトムの話を書いてるとかで。

 ちなみに手塚治虫という作家は浦沢直樹とは正反対のタイプの作家で、落ちはウィットに富んだすごくいいものを提出するが、その落ちにいたる過程の描写が割と勢いのみの観念的なわけのわからないものになりやすく、今見ると感覚的についていけなくて厳しいことが多かったりする。

 そこで浦沢直樹が手塚治虫原作の話を書くというのである。

・落ち…手塚治虫発案
・演出…浦沢直樹

ということで、それぞれの得意とする分野の能力が遺憾なく発揮されそうな理想的な組み合わせで、実際の作品も大体最終的な落ちは読めたがとにかくそこに至るまでの丁寧な演出が素晴らしい。加えて、最終的な落ちも多分何もしなくても圧倒的な説得力を持って読者に迫ってくるであろう強い、良いネタっぽいので大変期待が持てる。

 中国の故事で、龍の絵にちゃんとした眼を描いたら天に昇ってしまったという話があるのだが、物語作品というものも演出(龍の絵)と・決定って意的な落ち(目=魂)というものが組み合わされることで作家自身の枠を越えた完成された作品として天に昇ることができるのではなかろうか。とかしょうもないことまで夢想したくなる。


 …と、御託を並べたが、とりあえず面白いのでどんどんやってください。
 んでわまた
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by namizusi | 2005-05-12 12:49 | ストーリーメディア